第297話 ナルディの守護者
グランゼル王国ナルディ上空。
戦況は、完全に共和国側へ傾き始めていた。
いや。傾いたというより、すでに崩壊していた。
レオルディア王国軍は、空からの攻撃に対応できなかったのだ。
ヘリコプターという存在そのものが、彼らの想定の外だった。
機関銃による掃射。狙撃銃による精密射撃。上空からの監視と情報共有。
さらに、狼族精鋭部隊による正確無比な射撃。
攻城部隊は次々と壊滅し、前線は急速に崩れていく。
地上では混乱が広がっていた。
「空の魔獣だ!」
「違う!魔王軍だ!」
「撤退しろ!」
「隊列を立て直せ!」
指揮官たちが怒鳴る。だが、もはや手遅れだった。攻城兵器は破壊され、
魔導師部隊も大きな損害を受け、前線の統制は完全に失われていた。
リオンは双眼鏡を下ろす。「……逃げるな」
敵軍はすでに退却を始めていた。
隣でガルヴァンが頷く。「十分だ」
今回の目的は殲滅ではない。ゼルファの救出。そして、ナルディの状況確認。
深追いする理由はなかった。
やがてレオルディア王国軍は完全に撤退を開始し、戦場に静寂が戻る。
その瞬間、城壁の上から大歓声が響いた。
「勝ったぞ!!」
「助かった!!」
「どこの軍かわからんがバンザイだ!!」
ナルディの兵士たちが武器を掲げる。絶望寸前だった防衛戦。その流れを一気に覆したのだ。歓声が広がるのも当然だった。
しばらく後。ヘリはナルディの城壁外へ着陸した。
バババババババ!!
激しい風が吹き荒れ、砂塵が舞い上がる。ナルディの兵士たちは緊張した面持ちでその様子を見守っていた。
この世界には存在しない飛行機械。警戒するのも無理はない。やがてローターが停止する。
最初に降り立ったのはリオンだった。続いてガルヴァン。そして、狼族の精鋭たち。
周囲の兵士たちは自然と道を開く。その表情には警戒と感謝が入り混じっていた。
リオンは周囲を見渡した。被害は想像以上だった。崩れた建物。運ばれていく負傷者たち。疲労で顔色を失った兵士たち。
長期間にわたる包囲戦だったことが一目で分かる。
「酷いな……」思わず呟く。
その時、一団の兵士たちが近づいてきた。
中央にいたのは一人の女性だった。二十代後半ほど。長い金髪。銀色の鎧。そして、凛とした青い瞳。
かなり疲弊しているはずなのに、その背筋は真っ直ぐに伸びている。
周囲の兵士たちが敬礼した。「総督閣下!」
リオンはすぐに察した。この人物こそ、ナルディで最も地位の高い人物なのだろう。
女性はリオンの前まで来ると、深々と頭を下げた。「私はアメリア・ナルディ」静かで落ち着いた声だった。「ナルディ防衛軍総司令、並びにナルディ総督を務めております」
リオンも軽く会釈を返す。「ガルリオン共和国国王、リオン・ガルリオンだ」リオンは久しぶりに正式な名前を告げた。
アメリアは国王自身が来たこと驚きつつ。顔を上げた。その瞳には、ようやく援軍を得られた安堵が浮かんでいた。
「お会いできて光栄です」
だが次の瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、アメリアの身体がふらりと揺れる。
「おっと」
リオンが素早く支えた。アメリアは苦笑する。
「失礼しました」
「無理をするな」
リオンは周囲を見回しながら尋ねる。
「何日戦っている?」
「三十七日です」
その場にいた全員が言葉を失った。
三十七日。
ほぼ休みなく続いた防衛戦。それだけで異常だった。
ガルヴァンも顔をしかめる。「よく持ちこたえたな……」
アメリアは小さく笑った。「持ちこたえるしか、ありませんでしたから」
その一言は重かった。彼女が背負ってきた責任の大きさを物語っている。
リオンは真剣な表情になる。
「ゼルファはいるか?」
アメリアは少し驚いた顔をした。
「ゼルファ殿をご存じなのですか?」
「あいつの手紙で来た」
その言葉に、アメリアの表情が変わる。
安堵。そして、かすかな希望。
「そうでしたか」
彼女は静かに頷いた。
「それなら、まず会っていただきたい方がいます」
「誰だ?」
「ゼルファ殿です」
リオンの目が細くなる。
「無事なのか?」
「はい」
アメリアは答えた。しかし、その表情は晴れない。
「ですが……」
そこで言葉が止まった。嫌な予感が胸をよぎる。リオンとガルヴァンは顔を見合わせた。
そして、アメリアは静かに告げる。
「決して良い状態とは言えません」
その言葉を聞いた瞬間、リオンの胸の奥に、重い不安が広がっていった。




