第286話 古龍ウロボロス
カミリアが帰ってから三日後。北部森林地帯は妙な緊張感に包まれていた。
アレリーナはアレンを抱えながら不機嫌そうに座っている。「なんで来たのだ……誰にも言ってない……」
「まぁ落ち着け」リオンが苦笑する。
「落ち着けるか」即答だった。完全に母親モードである。
そんな時だった。空が暗くなる。森全体がざわついた。精霊たちが一斉に空を見上げる。
『大きい』
『すごく大きい』
『龍ー』
「……なんだ?」リオンも顔を上げた。
そこにいた。巨大だった。あまりにも巨大だった。山脈が飛んでいるような錯覚。雲を押しのけながら現れたのは、途方もない龍だった。黒金色の鱗、長大な身体、そして圧倒的な威圧感。
「……父上?」アレリーナが立ち上がる。
「父親!?」リオンが固まった。
次の瞬間、巨大な古龍は光に包まれ人型へ変化した。現れたのは長い黒髪を持つ壮年の男だった。しかし纏う威圧感は尋常ではない。森そのものが静まり返っている。
「久しいな、アレリーナ」
「なぜ来たのです」アレリーナは警戒していた。
その男。古龍ウロボロスはアレンを見る。そして、にやりと笑った。「ほう」
「見るな」即座に隠された。
リオンは思った。この母親、本当に過保護である。
「今日は説得に来た」ウロボロスが肩を竦める。
「帰れ」
「話くらい聞け」
親子だった。会話のテンポがそっくりである。
その頃、精霊たちが勝手に椅子を並べ始めていた。
『説明会ー』
『説明会だー』
『座ってー』
なぜか会場が出来上がる。「なんで説明会になるんだよ……」リオンは頭を抱えた。
「知らぬ」アレリーナも知らなかった。
しかし、ウロボロスは当然のように壇上へ立つ。精霊たちが拍手した。
『わー』
『始まるー』
「始めるな」リオンはツッコミを言ったが誰も聞かなかった。
ウロボロスは咳払いする。「では説明しよう」
「聞きたくない」アレリーナが呟く。無視された。
「その前にリオン殿、ワシの名前はウロボロス。アレリーナの父親だ。人間共には古龍などと言われている」
「何故、俺の名前を知ってる?」リオンは疑問を呟いた。
「龍人族は長生きだよ、情報など簡単に手に入るのだよ」
リオンは納得いかないが黙った。
「それでなぜカミリアとアレンの婚約話が出たのか」
リオンも少し興味があった。「なんでだ?」
「理由は三つだ」ウロボロスは指を立てる。妙に真面目だった。「まず第一。アレンが黒龍だからだ」
沈黙。「黒龍って珍しいのか?」リオンが首を傾げる。
「珍しいどころではない」ウロボロスは真顔だった。「数千年に一度現れるかどうかだ」
「えっ」
「実際、私も見たことがない」アレリーナも頷く。
リオンはアレンを見る。当の本人は寝ていた。よだれまで垂れている。「そんな凄そうに見えない」
「赤子だからな」アレリーナは正論を言う。
「第二」ウロボロスが続ける。「父親が貴公だからだ」
「その言い方やめろ」リオンが嫌な顔をした。
「事実だ。神の子、精霊の寵愛を受ける、神とも接触している、聖龍の伴侶」ウロボロスは淡々と話す。「意味不明だ」
「俺もそう思う」リオンも同意した。
そして、最後。ウロボロスは大きく息を吐く。
「第三。龍族は将来有望な子供を放っておかん」
リオンは嫌な予感がした。
「今後も来るぞ」ウロボロスが断言する。
「青龍」「は?」
「金龍」「は?」
「海龍」「は?」
「銀龍」「やめろ」
リオンは即座に止めた。
しかし、ウロボロスは真顔だった。「冗談ではない」
「……本気ですか」アレリーナの顔色が変わる。
「本気だ」
沈黙。リオンとアレリーナは同時に頭を抱えた。「あぁぁぁぁ……」「面倒だ……」
完全に同じ反応だった。
「だからカミリアだけならまだ穏便な方だ」ウロボロスがそんな二人を見て笑う。
「全然穏便じゃねぇよ!!」リオンが叫んだ。
その時、アレンが目を覚ました。「きゃー♪」無邪気だった。
「やはり面白い子だ」ウロボロスが目を細める。
「だから見るな」アレリーナが即座に抱き上げた。
するとウロボロスが突然真面目な顔になる。「安心しろ」
「何を」
「婚約など本人が決めれば良い」
その言葉にアレリーナが少しだけ表情を緩めた。しかし次の瞬間。
「ただし龍族の若者達が大量に押し寄せる可能性は高い」
リオンとアレリーナは同時に天を仰いだ。「勘弁してくれ……」「勘弁してくれ……」
夫婦は息の合った声が、森へ響いた。




