第282話 黒龍
北部森林地帯。
出産騒ぎも落ち着き、森には穏やかな時間が流れていた。小屋の中では、アレリーナがぐっすり眠っている。流石に疲れが限界だったのだろう。銀髪を乱したまま静かな寝息を立てていた。
そのすぐ近くでは。
「アレンー」
ラミが床へ寝転がっていた。骸骨ヘルメットは今日も健在。
周囲にはゼオンとリオナ、そして生まれたばかりのアレンがいる。ゼオンは精霊たちに囲まれながら笑い、リオナは尻尾をぱたぱた揺らしていた。アレンは普通の赤ちゃんのように寝転がっている。
ラミはニヤニヤしていた。「ふふふ……」その手には鳥の羽。
精霊たちがざわつく。
『また変なことする』
『ラミだー』
『止める?』
『面白そう』
止める気はなかった。
ラミは羽をアレンの鼻先へ近づける。こしょこしょ。アレンがきゃっきゃっと笑った。
「きゃははっ」
「わー、笑った!」
ラミは嬉しくなってさらに羽を動かす。こしょこしょ、こしょこしょ。アレンの鼻がぴくぴく動いた。ゼオンは興味津々で見つめ、リオナは楽しそうに笑っている。
そして、「……くちゅんっ」
小さなくしゃみ。
次の瞬間だった。
ゴォォォォォォッ!!
黒い暴風が小屋の中で炸裂した。
「わぁぁぁ!?」ラミが転がる。木材が吹き飛び、壁が砕けた。
ドガァァァァン!!
小屋そのものが爆散する。
『きゃー!?』
『飛んだー!?』
『小屋なくなったー!!』
精霊たちが大騒ぎした。
煙の中、そこにいたのは巨大な黒龍だった。漆黒の鱗、巨大な翼、赤い瞳。生まれたばかりのアレンが、神話級存在へ変貌していた。
『グルルル……』
森が静まり返る。ラミはぽかんと口を開けた。「……でっか」
しかし、次の瞬間、ラミの目が輝く。「乗れる!!」
即座だった。黒龍アレンの背中へ飛び乗る。ゼオンも当然のように続き、リオナまで嬉しそうによじ登った。
『乗ったー!?』
『飛ぶ!?』
『黒龍だー!!』
精霊たちが大騒ぎする。
黒龍アレンは翼を広げた。
バサァァァッ!!
暴風。木々が大きく揺れる。次の瞬間、黒龍は空へ飛び上がった。
「わぁぁぁぁぁ!!」ラミが大歓声を上げる。ゼオンも楽しそうに笑い、リオナはきゃっきゃとはしゃいでいた。
黒龍アレンはそのまま北部の空を駆け上がっていく。精霊たちも一緒に飛び回り始めた。
『はやーい!!』
『黒い龍ー!!』
『すごーい!!』
そして、吹き飛んだ小屋の残骸の中、アレリーナがゆっくりと目を開けた。
「……ん?」
視界に入る青空、消滅した小屋、そして遠ざかっていく黒龍。
「…………」
数秒の沈黙。やがて。
「アァァァァァレンッッッ!!?」
母親の絶叫が北部森林地帯へ響き渡った。




