第281話 アレン
数時間後。
北部森林地帯には静かな空気が流れていた。先ほどまでの騒ぎが嘘のように、森は穏やかだ。焚き火の音だけが小さく響いている。
「……生まれた?」リオンが恐る恐る小屋を覗き込む。
その瞬間、リゼが柔らかく微笑んだ。「ええ」
「無事ですよ」ルナも頷く。
「よ、良かった……」リオンは安堵の息を吐いた。
「聖龍様、寿命縮むんですけど……」フィーナは完全に力尽きていた。
「共和国の王家、神話生物増えすぎだろ……」ガルヴァンも疲れた顔をしている。
そんな中、小屋の奥から小さな泣き声が聞こえた。
「おぎゃあ……おぎゃあ……」
リオンたちは静かに中へ入る。そして全員が固まった。
「……あれ?」リオンが間抜けな声を出す。
そこにいたのは普通の赤ちゃんだった。
黒髪、黒い瞳、人間の男の赤子。ゼオンのような神秘性もない。リオナのような圧迫感もない。本当に普通だった。
「……普通だな」ガルヴァンが目を瞬かせる。
「普通ですね……」フィーナまで困惑していた。
精霊たちもざわつく。
『あれ?』
『普通の子?』
『龍じゃない?』
ベッドへ寄りかかる聖龍アレリーナは、その赤子を抱いていた。そしてその表情が、完全に崩れていた。
「……ふふ」
デレデレだった。威厳ゼロ。神話級存在の面影がない。
「見ろ……可愛いぞ……」
「うわぁ……」リオンが引くレベルで母親の顔だった。
アレリーナは赤子の頬を指でつつく。「小さい……柔らかい……」完全に夢中である。
「もう駄目ですね」ルナが笑った。
「完全に母親ですね」リゼも優しく微笑む。
アレリーナは赤子を抱き上げ、リオンを見た。「名前を付けろ」
「お、おう」
少し考え、アレリーナに静かに告げた。
「アレン」
その名を聞き、精霊たちがふわりと舞う。
『アレンー』
『かわいい』
『ちいさい』
「アレンか」アレリーナが赤子を覗き込む。
「嫌か?」
「いや」アレリーナは少し笑った。「良い名前だと思う」
リオンの顔を近くで見たアレリーナは耳を赤くしながら視線を逸らす。
その時、アレンが小さな手を伸ばした。
ぎゅっ。
リオンの指を掴む。「お」一瞬、場が静まる。そして。
「かわいいぃぃぃ……」アレリーナが完全に限界を迎えた。
「デレデレだな」
「当たり前だ!!我の子だぞ!!」
アレンを抱き締めながら幸せそうに笑うその姿は、もはや"聖龍"ではなかった。一人の母親だった。
「……共和国王家、人外率高すぎないか?」ガルヴァンは遠い目をする。
「今さらだろ」
リオンは苦笑しながら、眠そうに目を擦るアレンを見つめた。黒髪の、ただの赤ん坊。本当に普通だった。それが逆に不思議だった。
するとアレリーナが、どこか誇らしげに言う。
「ふふ……我に似て美形だな」
「そこは否定しねぇ」
「貴様に似なくて良かった」
「良かったな!!」リオンは少し笑った。




