第280話 聖龍の名
数カ月後。ガルリオン共和国北部森林地帯。
精霊たちの聖域は、以前にも増して騒がしくなっていた。
『龍の赤ちゃんまだー?』
『もうすぐ?』
『強い子かなー』
精霊たちは完全にお祭り気分だった。
一方で。
「ぬ、ぅぅぅぅ……!!」
聖龍は限界だった。人型となった銀髪の女性は大きなお腹を抱えながら、苦しそうに息を吐いている。リゼとルナが真剣な顔で支えていた。
「落ち着いて下さい」
「呼吸です」
「そんな簡単に言うなァ!!」
普段の威厳は完全消滅していた。
リオンは少し離れた場所でおろおろしている。「え、俺何すればいい?」
「邪魔しなでください」ルナが即答した。
「はい」
「共和国の王が完全に役立たずだな……」ガルヴァンは遠い目をする。
「出産で役立つ男の方が少ねぇよ!」
「だ、大丈夫でしょうか……」フィーナも緊張していた。
「多分な」
「あなたの"多分"が怖いです……」
その時だった。
「……ッ!!」
聖龍の表情が変わる。周囲の精霊たちもざわついた。
『きた』
『生まれる』
『がんばれー』
聖龍は脂汗を流しながら、ふとリオンを睨む。「……リオン」
「ん?」
「近くへ来い」
「お、おう」
リオンが慌てて近づく。すると聖龍は苦しそうに呼吸しながら、小さく呟いた。
「……私の名は、アレリーナだ」
一瞬、空気が止まった。
「え?」リオンが目を瞬かせる。
「だから……アレリーナだ」
それは初めて聞く名だった。"聖龍"ではない、一個人としての名前。
「いや、急に自己紹介されても……」リオンは困惑する。
しかし、フィーナが固まっていた。顔色が変わっている。「……え?」
「ん?」
震える指でアレリーナを指差す。「り、龍族が……名前を……?」
「そうだが?」リオンはキョトンとする。
次の瞬間、フィーナは絶叫した。「な、名前って!!龍族は夫になる相手にしか真名を教えないんですよォォォォ!!」
沈黙。リオンの思考が停止する。「……は?」
「あー……」ガルヴァンが頭を抱えた。
「え、何それ初耳なんだけど」
「龍族にとって真名は魂そのものなんです!!軽々しく教えません!!」フィーナは半泣きだった。
リオンはゆっくりアレリーナを見る。「……マジ?」
アレリーナは顔を逸らした。「し、知らぬ……そんな顔をするな……」
「いやでも、それって」
「うるさい!!今それどころではない!!」
真っ赤だった。耳まで赤い。
「素直じゃありませんね」リゼがふっと笑う。
「うるさいエルフ!!」
「もう完全に嫁追加ですね」ルナもニヤニヤしていた。
「違う!!」
しかし、否定に勢いがない。
「いや待て!?俺、知らない間にドラゴンと結婚ルート入ってたの!?」リオンは頭を抱えた。
「多分な」ガルヴァンが即答する。
「嫌すぎる"多分"!!」
その瞬間。「……ッ!!」
アレリーナが再び苦しそうに身体を震わせた。リゼの顔が真剣になる。
「来ます!!」
精霊たちが一斉に舞い上がった。
『生まれるー!!』
『龍の子ー!!』
「え!?ちょっ!?今それどころじゃ??
」リオンが完全に混乱したまま叫んだ。




