第266話 聖龍の降参
ドォン!!
再び迫撃砲の炸裂音が山岳地帯へ響き渡る。白銀の巨体を持つ聖龍は、崩れた岩壁の向こうで怒声を上げていた。
『貴様らァァァ!! 本当に神を恐れぬのかァァ!!』
「うるせぇ!! そっちが最初から喧嘩腰だっただろうが!!」リオンも負けじと怒鳴り返す。
すでに攻撃開始から半日が経過していた。山肌は砲撃で削れ、周囲には硝煙が漂っている。
ガルヴァンは頭を抱えていた。
「リオン……もう国際問題どころじゃねぇ……」
「安心しろ」
「何がだよ」
「まだ共和国しか関係してない」
「十分最悪だろ!!」
さらに遠方から乾いた銃声が響く。
パンッ!!
『ギャアアアアッ!? また尻ィ!?』
「命中確認!」狙撃手達が盛り上がる。
聖龍は巨大な尾を押さえながら暴れていた。
『なぜ尻ばかり狙うのだ貴様らァァ!!』
「一番効きそうだからだ!!」
『悪意しか感じぬ!!』
リオンは双眼鏡を覗き拡声器で怒鳴りながら鼻を鳴らした。
「頭は硬そうだし、腹は怒ると怖いし、尻ならギリ許されるかなって」
「何が“ギリ”よ……」フィーナは完全に疲れ切った顔をしていた。「ヘリオス様も“好きにしろ”とは仰いましたけど、ここまでやれとは言ってません……」
「止めなかった時点で同罪だ」
「理不尽ですぅ!?」
その時だった。
『…………まいった』
山全体へ響くような低い声。リオンが砲撃中止を指示、砲撃が止まる。兵士達が顔を見合わせた。リオンは眉をひそめる。リオンは拡声器で語る。
「……降参か?」
『降参だ……だから尻を狙うのをやめろ……』
「効いてたんだな」
『精神的に最悪なのだ!!』
聖龍は本気で涙目だった。
ガルヴァンが呆れたように呟く。
「神話級存在が尻への狙撃で降伏とか、誰が信じるんだよ……歴史書に残したくねぇな……」
リオンは大きくため息を吐いた。
「……よし。話し合いに行く」
「正気か?」
「向こうが降参したなら応じる。戦争でも同じだ」
「そこまでの流れが全部おかしいんだよ」
しかし、リオンはすでに歩き出していた。
フィーナが慌てて後を追う。「ま、待って下さい! 一応、神聖存在ですよ!?」
「尻押さえて泣いてる神聖存在なんて初めて見た」リオンは笑顔に喋る。
崩壊した洞窟付近へ到着すると、そこには巨大な白銀の龍が横たわっていた。近くで見ると圧倒的だった。山そのもののような巨体。白銀の鱗は砲撃を受けてもなお美しく輝いている。
しかし、尻だけ血だらけだった。
『…………』
「…………」
『…………尻を見るな』
「悪い」リオンは口元を押さえる。
聖龍は本気で傷付いた顔をした。『貴様、本当に最低だな……』
「お前にだけは言われたくない」
しばらく沈黙が流れる。やがて聖龍は大きく息を吐いた。
『……人間。貴様、何者だ』
「共和国の王だ」
『違う』
黄金の瞳が細められる。
『普通の人間なら、我を撃とうなどと思わぬ』
「いや、普通にキレた」
『それが異常なのだ!!』
後ろでガルヴァンが深く頷いた。「言葉はわからんがなんとなく言ってる事がわかるな」
リオンは頭を掻く。「お前が高圧的だったのが悪い。こっちは交渉しに来たんだ」
『だから肉は受け取っただろう!』
「“去れ”で終わらせただろうが」
『龍にとっては最大限譲歩したのだ!』
「知らねぇよ、文化の違いなんて!」
『貴様も大概である!!』
再び睨み合う。だが、先ほどまでの殺気は薄れていた。
フィーナが恐る恐る前へ出る。「え、ええと……つまり、双方コミュニケーション不足だったのでは?」
「今さら!?」
『今さらか!?』
二人同時だった。
フィーナは泣きそうになった。「どうして私が仲裁役なんですかぁ……」
その時、聖龍がふとリオンを見つめる。
『……なるほどな』
「ん?」
『貴様、神に好かれているだろう』
「最悪なことにな」
『臭うのだ。創造神の気配が』
リオンはフィーナに翻訳する。フィーナがぎょっとする。
「や、やはりヘリオス様と接触を……!?」
「したけど別に嬉しくない」
『しかも精霊共の加護まで絡みついている……意味が分からぬ』
聖龍は本気で困惑していた。
『なんだ貴様。本当に人間か?』
「最近それ、俺も悩んでる」
リオンは遠い目をした。すると聖龍は再びため息を吐く。
『……よかろう』
「ん?」
『ドラゴンの血を少し分けてやる』
リオンが翻訳した瞬間。フィーナが飛び上がった。「マジですかァァァ!?」
『ただし条件がある』
黄金の瞳が細められる。
『二度と尻を狙うな』
「そこなのかよ!?」
『当然だ!!』




