第260話 供物を運ぶ者たち
北部山岳・中腹。
ヘリは岩場に慎重に降りた。ローターの風が止み、静寂が戻る。
「……降りるぞ」リオンが扉を開ける。
冷たい空気が流れ込んできた。外は――別世界だった。岩と霧。そして、圧のような"何か"。
「……空気が重いな」ガルヴァンが低く言う。
「ええ」フィーナが頷く。「ここから先が、領域です」
リオンは後ろを振り返った。山積みの肉。「……よし」
数分後、肉はすべて台車に積み替えられていた。無骨な車輪だが、積載量は十分だ。
「量、多すぎないか?」ガルヴァンが呟く。
「多い方がいい」リオンは即答した。
「だからその発想をやめろ」ガルヴァンがツッコミ。
台車を押す。ゴロゴロと岩場を進む音が、妙に大きく響いた。
「静かに行け。刺激するな」ガルヴァンが言う。
「分かってる」
フィーナが先導する。迷いなく進んでいく。「この先に、洞があります」
霧が濃くなる。視界が狭まり、音も吸われるように消えていく。
「……なあ」リオンが小声で言う。「本当にいるんだよな?」
フィーナは振り返らない。「ええ」短く答えた。
やがて、見えてきた。巨大な洞窟。岩壁にぽっかりと開いた"口"。入口だけで城門の数倍はある。その前で、三人は足を止めた。
「……でかいな」リオンが呟く。
「気配は……ある」ガルヴァンが周囲を確認した。「確実に"何か"がいる」
リオンは台車を見下ろす。肉、大量の供物。「……これで足りるか?」誰にともなく呟いた。
その時、風が止んだ。完全な静寂。
「ここから先は」フィーナが静かに言う。一拍。「礼を尽くしてください」
「……ああ」リオンは頷いた。
台車を押して洞窟の中へ入る。足音が響く。ゴロゴロと車輪の音がやけに大きい。
奥へ。さらに奥へ。光が消えていく。
「……暗いな」リオンが呟いた。
その瞬間。
ゴォォ……
低い、重い音。空気が震える。三人の足が止まった。
「……来たな」ガルヴァンが剣に手をかける。
「……ああ」リオンはゆっくりと前を見た。
暗闇の奥で、何かが動いた。台車の肉の匂いが、静かに広がっていく。それは供物か。それとも餌か。リオンは一歩、前へ出た。
「……話しに来た」
小さく、しかし確かに言う。その言葉がこの場で通じるかどうか。答えは次の瞬間に出る。




