第255話 境界線の定義
王城・執務室。
机の上には大量の紙。リオンは真剣な顔でペンを走らせていた。
「……まとめる」
「ようやくか」ガルヴァンが向かいに座る。
「検証結果だ」リオンは紙を叩く。「曖昧なままは危険だ」
「同意だ」
リオンは一つずつ整理していく。
「まず前提。"声"は全てにあるわけじゃない」
「聞こえない個体もいたな」ガルヴァンが頷く。
「次に」リオンは指を立てる。「知能がある存在。これは会話できる」例を挙げる。「犬、馬、牛、ゴブリン」
「スライムもだな」ガルヴァンが補足する。「触れないがな」
「そして、問題はここだ」リオンの声が低くなる。「知能が"低すぎる"場合」
紙に書かれた単語。本能。
「イノシシ型モンスター。完全にこれだ。会話不能、意思疎通不可」
「理性がない」ガルヴァンが頷く。
「つまり……。」ペン先が止まる。「知能が"ある程度ある"と会話できる。だが知能が"本能に飲まれている"と……」一拍。「会話にならない」
沈黙。
「……逆じゃないのか?」ガルヴァンが腕を組む。
「何が」
「知能が低いと会話できない、は分かる。だが"越えるとできない"というのは」
「違う」リオンは首を振り、ゆっくりと言う。「知能の問題じゃない。優先順位だ」
紙に書き加える。
【本能 > 理性 → 会話不可】
【理性 > 本能 → 会話可能】
「……なるほどな」ガルヴァンが小さく息を吐く。「理性が勝っている個体だけが"言葉"を使う」
「そういうことだ」リオンは頷いた。さらに付け加える。「スライムは例外的だが、知能はある。ただし危険性が高い。つまり分類はこうだ」
リオンが紙を指す。
【会話可能(安全)犬、馬、牛など。】
【会話可能(危険)スライム、一部モンスター。】
【会話不能(本能優先)イノシシ型など。】
「……完全に研究者だな」ガルヴァンは苦笑する。
「王だぞ、一応」
リオンは椅子にもたれた。「だが、これで分かった」
「何が」
「線引きだ」天井を見上げる。
「どこまでが"対話できる存在"か、そして……」ガルヴァンが静かに言う。「どこからが"討伐対象"か」
「……ああ」リオンは少しだけ目を閉じた。
短い沈黙。
「便利だが」リオンが呟く。「優しくはないな、この能力。見なくていいものまで見える。聞かなくていいものまで聞こえる」
ガルヴァンは頷いた。
「ほんとにな」
しかし、リオンはペンを置きながら、静かに言う。
「それでも、知った以上、使うしかない」
ガルヴァンが立ち上がる。「なら結論は一つだ」
「何だ」
「お前はまた問題を増やした」
「やめろ」
しかし、否定できなかった。
"特典"は力だった。そして同時に、責任だった。
リオンは紙を見つめる。そこに書かれた線引きはこの世界の、新しい基準になりつつあった。




