第254話 可愛い声と危険な距離
同日・城外の森林地帯奥。
「……次は何だ」ガルヴァンが周囲を見渡す。
リオンは耳を澄ませた。「……何かいるな。小さい。気配が軽い」
ぴちょん。
水の音のような、柔らかい気配。視線の先に、半透明のスライムがいた。
「……あれか」ガルヴァンが剣に手をかける。
「待て」リオンが止める。「まずは会話だ」
ゆっくりと近づく。スライムはぴこぴことのんびり揺れていた。敵意は薄い。
「おい」
声をかける。一拍の間。そして、『なあに?』
高くて、柔らかい声。まるで子供のようだった。
リオンとガルヴァンが同時に固まる。
「……可愛いな」
「……可愛いのか?」
リオンは完全に心を許した。
『あそぶ?』スライムがぴょんと跳ねる。
『さわる?』
無邪気な声だった。
「……触っていいのか?」リオンは少し笑う。
『いいよー。やさしくね』
「やめておけ」ガルヴァンが小さく言う。
「様子見だ」
しかし、リオンは手を伸ばした。指先が触れた瞬間。
じゅっ。
「っ!?」反射的に手を引く。「……焼けた?」皮膚がわずかに赤くなっている。
『あれ?』スライムが首を傾げるように揺れた。『だいじょうぶ?』
「……危険だな」リオンが顔をしかめる。
「馬鹿かお前は?」ガルヴァンが即答した。
『あそばないの?』少しだけ寂しそうな声。しかし距離を詰めてくる。
「止まれ」リオンが手を上げる。
『なんで?』
「近づくな」
『えー』
ぴょん。
一歩近づく。地面がじゅっとわずかに溶けた。
「酸か」ガルヴァンが低く言う。
「だな」リオンはゆっくり後退する。
「……触れない。だが会話はできる」
『あそびたいのに』スライムはしゅんとするように小さくなった。『みんな、にげる』
リオンは少し考えて言った。「……そりゃそうだ。危ないからな」
『あぶない?』
「触ると痛い」
『いたいの?』
理解していない。ガルヴァンにスライムとの会話を説明する。
「悪意はないな」ガルヴァンが呟く。
「ああ。ただ危険なだけだ」
リオンは距離を保ったまましゃがんだ。
「……なあ」
『なあに?』
「触らなければ、問題ないか?」
スライムは少し考えるように揺れる。
『うん。たぶん』
「たぶんかよ」
しばらく沈黙。風が吹く。
リオンは立ち上がった。「……分類だな」
「何の」ガルヴァンが聞く。
「会話可能、だが接触危険。新しい枠だ」
「増えるな」ガルヴァンが頷く。
「どんどん増える」
『またくる?』スライムが言う。
「……遠くからならな」リオンは少しだけ笑った。
『じゃあねー』ぴょんと跳ね、その場でのんびり揺れ続けた。
森を離れながら、リオンは呟く。
「……可愛いのに危険とか。最悪の組み合わせだな」
「何をいまさら」ガルヴァンが短く答えた。
確かに。見た目と本質は一致しない。
それでも"声"を知ってしまった以上、ただの敵とはもう思えなかった。
特典は確実に、境界線を曖昧にしていた。




