閑話 王の一日と、ささやかな幸福
まだ夜の気配が残る時間。
王城の外周に、一定のリズムが響く。
タッ、タッ、タッ。
リオンは走っていた。「……はぁ……はぁ……」呼吸は乱れていない。むしろ整っている。毎日、同じ時間に前世の名残りで走っていた。考え事をするには、ちょうどいい時間だった。
夜明け。そのまま訓練場へ。
ガンッ!!
木剣がぶつかる音。「甘い!」兵士を軽くいなし、体勢を崩す。「まだまだだな」
「……はい!」
格闘訓練も同じ。無駄を削ぎ落とした動き。王である前に一人の戦う者としての時間だった。
8時。ようやく朝食。
「……いただきます」
最近は肉を避けている。パンとスープ、野菜中心。ラミがもぐもぐと食べながら言う。
「今日も忙しい?」
「ああ」リオンは苦笑した。
9時。執務開始。
スキル《家移転》。空間が歪み、物資が家の中に入っており次々と運ばれてくる。木箱、金属資材、見慣れた日本の梱包、日本側の交代要員。
「次、確認」リオンは一つ一つ目を通す。
「数量、問題なし。品質も大丈夫だな」書類にチェックを入れる。
次は日本に向けてレアメタルや魔石を家に入れスキル発動。家を日本に戻す。
日本側の記録も確認する。情勢、技術情報、細かな変化。
「……平和だな、向こうは」少しだけ遠い目になった。
12時。昼食。
「軽めでいい」パンとスープだけ。
「午後は?」向かいに座ったガルヴァンが聞く。
「議会はない」
「なら地獄だな」
「言うな」
12時過ぎ。執務室。
机の上には山。書類の山。
「……やるぞ」「やるしかないな」
ガルヴァンと並ぶ。カンッ、カンッ、カンッ。ハンコの音だけが響く。「次」「次」「次」。会話は最小限。ただ、処理する。国家を回すための、無言の作業だった。
気づけば外は夕方。
「……終わったか」リオンが背伸びする。
「5時だな」
「今日は少ない方だ」ガルヴァンも息を吐く。
「基準がおかしい」
そして、その後の時間。リオンの顔が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
精霊門。静かに揺れる光の中へ、一歩踏み込む。世界が変わった。北部山岳地帯の森。風が、優しい。
「ただいま」
「おかえり」リゼ。「遅かったな」ルナ。
「リオン!」ラミが駆け寄ってくる。
その先には、ゼオンとリオナ。家族の声と温かい空気。
夕食、皆で囲む食卓。
「今日は何してた?」
「森の奥でね……」
他愛もない会話。政治も、神も、問題も、ここには持ち込まない。
「……うまいな」
ただの食事。だがそれが何よりも、満たされる。
リオナが笑い、ゼオンがはしゃぎ、ラミが騒ぐ。リゼとルナがそれを見守る。その中心で、リオンはようやく肩の力を抜いた。
「……これでいい」
小さく呟く。誰にも聞こえない声。
夜。星空の下。
リオンは静かに思う。
(守る)
この時間を。この場所を。この家族を。
それが彼にとっての"幸せ"だった。




