第248話 聞こえる声と、見えない痛み
夕焼けの道。
馬の背に揺られながら、リオンは無言だった。しばらく考えて、ぽつりと呟く。
「……やっぱりおかしいだろ」
『何がだ』
「お前が喋ってることだよ!!」
思わず声が大きくなった。馬は耳をぴくりと動かす。
『急にうるさいな』
その時、前方から兵士が一人歩いてきた。
「おや?こんな時間に見回りか?」
リオンは一瞬固まったが、すぐに頷く。
「ああ、そんなところだ」
兵士は馬を見た。「いい馬だな」にこやかに言う。
だが何も反応しない。リオンは試すように言った。
「……こいつ、何か言ってなかったか?」
「いや?普通に大人しい馬だが」兵士は首を傾げる。
兵士が去った後、リオンはゆっくりと呟いた。
「……聞こえてないのか」
『当たり前だろ。普通はな』
リオンは顔を覆った。「……俺だけかよ」
『そういうことだな』
「最悪だな」
『便利だろ』
「どこがだ」
しかし、少しだけ納得する。
(俺にしか聞こえない……つまり――)
「……相談相手にはなるな」
『やっと気づいたか』
どこか誇らしげだった。
その時、馬が歩みを止めた。
「……どうした」
『こっちだ』
馬が小屋の裏手へと進む。薄暗い場所、人の気配はない。そこに一頭の馬が横たわっていた。息が荒く、苦しそうだ。
「……怪我してるな」
リオンはすぐに降りて近づいた。足元を見る。
「……釘か」
蹄に、深く食い込んでいた。
『昼に踏んだんだろうな。痛がってた』
案内してきた馬が言う。
「誰も気づかなかったのか」
『人間は鈍いからな』
辛辣だった。
リオンはすぐに動く。腰のポーチから小瓶を取り出した。「回復薬……」そして小さな工具。
「釘抜きもある」
『用意いいな』
「魔導技師だぞ、一応」
リオンはゆっくりと膝をついた。「大丈夫だ。すぐ終わる」優しく声をかける。馬は苦しそうに息を吐いた。
釘を掴む。「……少し痛むぞ」
一気に引き抜く。
馬の体が震えた。しかし暴れない。すぐに回復薬をかけると、じゅわと光が広がり、傷がゆっくりと塞がっていく。
しばらくして、馬の呼吸が落ち着いた。ゆっくりと、立ち上がる。
『……助かった』
小さな声だった。リオンは目を見開く。
「お前も喋るのか」
『ああ。聞こえてるんだろ』
リオンは少し笑った。「……ほんと、なんなんだよこれ」
『いいことだろ』最初の馬が言う。
『気づけるんだからな』
リオンは立ち上がり、治った馬の首を軽く撫でた。
「無理するなよ」
『ああ』
静かな返事。夜風が吹く。さっきまでの疲れが、少しだけ軽くなっていた。
「……なあ」リオンが呟く。
『なんだ』
「これ、他にもいるのか?」
『いるだろうな』即答だった。
リオンは空を見上げた。「……忙しくなりそうだな」
『自分で増やしたんじゃないのか?』
「違うわ!!」
即否定。
しかし、少しだけ悪くないと思った。
王ではない時間。そして、誰にも気づかれない小さな救いがここにはあった。




