閑話 誰にも知られない墓参り
それは、誰にも知られていない時間だった。
王でも、父でも、夫でもない。そのどれでもない、ただの一人の男になる時間。
夜。ガルリオン王都を離れ、丸一日かかる場所。誰もいない平原に、一機のヘリが音もなく降り立つ。本来なら轟音を響かせるはずのそれは、完全な無音だった。
その横に立つのは、エルフの魔法使い。静かに手をかざし、空間を歪める。
「……維持します」
小さな声。風も、音も、存在もすべてを"なかったことにする"結界。絶対秘匿。 王ですら、痕跡を残さない。
リオンは何も言わずに頷いた。
移動は一瞬だった。
目を開けると、そこは別の国だった。レオルディア王国のアルベール領。静かな墓地。夜の空気。整然と並ぶ石碑の一角に、一つの墓がある。
リオンはゆっくりと歩いた。足取りに迷いはない。何度も来ているからだ。
墓の前に立つ。手を合わせる。しばらく、何も言わない。ただ静かに呼吸する。
そして……。
「……久しぶりだな、クラリス」
ぽつりと、声を落とした。風が、少しだけ吹いた。
「相変わらず、こっちは普通だ。変わらない」
視線を落とす。墓石に刻まれた名前を、指でなぞる。
「……俺は、変わったよ」
少しだけ笑う。
「王様なんてやってる。似合わないだろ」
短い沈黙。
「守れなかったこと、まだ引きずってる。多分、一生消えない」
それでも顔を上げる。
「でもさ」
声が、少しだけ柔らかくなった。
「今は、ちゃんと守れてる」
リゼ。ルナ。ラミ。ゼオン。リオナ。一人一人の顔が浮かぶ。
「家族がいる。笑ってるやつがいる」
小さく息を吐く。
「……俺も、笑ってる。だから……」
まっすぐ墓を見る。
「俺は今、幸せだよ」
静寂。何も返ってこない。それでも、リオンは頷いた。
「……聞こえてるだろ、お前なら」
少しだけ、昔の口調になる。
「また来る。一年後だ。その時も……」
少し考えて、言う。
「ちゃんと、報告できるようにしとく」
時間は、ほんの数分。長くはいられない。それが条件だった。
リオンは最後にもう一度手を合わせた。深く、静かに。そして背を向ける。
再び、音のないヘリ。エルフの魔法が、すべてを隠す。誰にも知られず、何も残さず、王は日常へ戻る。
ただ一つ。胸の奥にだけ、少しだけ軽くなった何かを残して。
誰にも知られない墓参りは、今年も終わった。




