第239話 聖女、神を"置いていく"
数日後。
ガルリオン王都の一角でとんでもない工事が始まっていた。
「……何だあれ」
王城のバルコニーから、リオンが遠くを見下ろす。白い石材、巨大な足場、そしてやたらと集まる神官たち。
ガルヴァンが双眼具を覗き、顔をしかめた。
「……教会だな。それも、かなり本気のやつだ」
「誰の許可だ」
その問いに答えたのは聖女フィーナ。
「私です」
背後から、冷たい声が響いた。振り返ると、聖女フィーナが立っていた。相変わらず、怒りは消えていない。
「何してる」
リオンは即座に問う。
「教会の建立です」
聖女は淡々と答え、視線を遠くへ向けた。
「そしてあそこに、ヘリオス様の像を建てます」
沈黙。
「……なんで?」
「あなたが侮辱したからです。ならば常に目に入る場所に置きます。忘れないように」
ガルヴァンが吹き出しかけて、必死に耐えた。
「……なるほど。確かにヘリオス様の像に直接合わせるか……斬新なやり方だな」
「嫌がらせのレベルが高い……」
リオンは頭を抱えた。
工事は異様な速さで進んだ。神聖教国から次々と運ばれてくる資材、祈りを捧げながら作業する神官たち。精霊たちまで興味深そうに覗いている。
『すごいね』
『本気で怒ってる、あの聖女』
リオンは遠い目をした。
「帰ってくれないかな……」
そして完成の日。王都の中心近くに、白亜の教会が建ち上がった。荘厳な柱、高い天井。そしてその前に巨大な像。光を背負い、空を見下ろすように立つ、創造神ヘリオスの姿だった。
「……でかい」
リオンの第一声はそれだった。
「でかいな」
ガルヴァンも頷く。
「無駄に」
聖女フィーナは振り返り、静かに言った。
「これで、あなたは毎日見ることになります。ヘリオス様を。逃げ場はありません」
「見ない」
「見ろ」
「嫌だ」
「見なさい」
子供の言い合いだった。
だが問題はそれだけではなかった。教会には人が集まり始めていた。王都の民、他国の巡礼者、そして、エルフたちまで。
「……おい」
リオンが低く言う。
「信仰増えてないか?」
「増えてるな」
ガルヴァンが真顔で答える。
「しかも三種類」
一つはヘリオスへの信仰。そしてもう二つは……。
「ゼオン様とリオナ様の神殿はどこですか?」
「参拝ルートを教えてください」
「順番はどうすれば?」
完全に混ざっていた。
「……は?」
聖女が固まる。
「ほら見ろ」
リオンは頭を抱えた。
「こうなるんだよ」
精霊がくすくす笑う。
『神様いっぱいで楽しいね』
『賑やかだね』
「……宗教が混線してる」
ガルヴァンが天を仰いだ。
「ちょっと待ってください」
聖女は震える声で言う。
「これは想定外です」
「俺は想定してた」
リオンは即答した。
王都には今、創造神の教会と像、そして神の子とされる存在たちへの信仰が、すべて同時に存在していた。
「……もう好きにしろ」
リオンはため息をつく。
「好きにはさせません」
聖女は像を見上げながら、強く言い切った。
しかし、その背後では、エルフたちが普通に手を合わせていた。
「ヘリオス様、ゼオン様、リオナ様……全部お願いします」
聖女、再び沈黙。
「……カオスだな」
ガルヴァンが小さく呟いた。
王都はまた一つ、新しい火種を抱えた。




