第234話 夜の森と、巨大な子守り狼
北部山岳地帯の森。
夜が静かに降りてきた。
昼間は穏やかだった森も、今は月光に包まれ、 どこか神聖な空気を帯びている。
焚き火のそば。
リオン達は円を作るように座っていた。
リオナはルナの腕の中で、 すやすやと眠っている。
「……本当に変わるのか?」
リオンが小声で呟く。
精霊がふわりと光を揺らした。
『もうすぐだよ』
その瞬間、風が止んだ。
森全体が、 息を呑んだように静まり返る。
聖獣達が一斉に頭を垂れた。
「……来る」
ガルヴァンが低く言う。
リオナの体が、淡く光り始めた。
最初は小さな光。
だが次第に強くなり、 月光と混ざり合う。
「リオナ?」
ルナが不安そうに名を呼ぶ。
次の瞬間、光が弾けた。
風圧が森を揺らし、 焚き火が大きく揺れる。
そして、そこにいたのは巨大な銀色の狼。
月光を反射する毛並み。 山のような体 躯。
黄金に近い瞳。
神話そのものだった。
「……フェンリル」
リオンが思わず呟く。
だが。
銀狼はゆっくりと尻尾を振った。
ぶん。
木々が揺れた。
「力加減!!」
ガルヴァンの悲鳴が夜に響く。
次の瞬間だった。
「わぁぁぁ!!」
「すごーーい!!」
ラミとゼオンが、 全力疾走で飛び出した。
「待て!!」
リオンの制止は遅かった。
二人は迷いなく、 巨大なフェンリルへ 突撃。
そして……。
もふっ。
前脚に抱きついた。
「ふーふー!!」
「おっきい!!」
登り始めた。
完全に遊具扱いだった。
「やめなさい!!」
リゼが青ざめる。
「ラミ! ゼオン! 降りて!」
ルナも慌てて立ち上がる。
「危ないから!!」
だが。
フェンリルはじっと動かない。
むしろ困ったように耳を伏せていた。
巨大な尻尾が、 そっと二人を支えるように動く。
『あ、これ完全に保護モードだね』
精霊がのんきに解説した。
「解説してる場合か!」
リオンが叫ぶ。
ラミは首元にしがみつきながら笑う。
「リオナだ!分かるよ!」
ゼオンもきゃっきゃと笑いながら、 銀毛に顔を埋める。
フェンリルは小さく鼻を鳴らした。
ふすん。
その息だけで草が波のように揺れる。
「……怒ってないな」
ガルヴァンが呆然と呟く。
むしろ。
完全に子守りしていた。
リゼは額を押さえる。
「心臓に悪すぎる……」
ルナも脱力する。
「……あの子、本当に優しいのね」
巨大な狼は、 子供達が落ちないよう慎重に体勢を変え、 静かに座り込んだ。
まるで。
巨大な揺りかごだった。
リオンは深く息を吐く。
「……神話級存在が、育児してる」
ガルヴァンが即答する。
「王家の日常だな」
「慣れたくない日常だ」
二人は同時に空を見上げた。
満月が、 静かに森を照らしている。
その下で。
フェンリルは子供達を背に乗せたまま、 穏やかに目を細めていた。
守護神というより。
巨大な、優しい家族だった。




