第231話 眠れぬ王の前に現れたもの
王都の調査が始まって、数日。
成果はない。
銀色の狼は、まるで意志を持つかのように痕跡を残さず、現れては消え、気配だけを残していく。
結果、どうなったか。
「……眠れん」
深夜。
王城の執務室で、リオンは机に肘をつき、目の下を押さえていた。
書類は積み上がったまま。
燭台の火だけが、静かに揺れている。
警戒網は敷いた。
結界も再確認した。
それでも、あの“何か”は王都にいる。
(外に出ないなら……中か?)
そんな思考がよぎった、その時。
ぴと。
微かな音。
リオンは、瞬時に顔を上げた。
「……!」
執務室の奥。
窓辺に、それはいた。
月光を浴びて輝く、銀色の毛並み。
静かにこちらを見つめる、狼の瞳。
「……いる?」
椅子を蹴って立ち上がり、銃に手を伸ばす。
結界は破られていない。
扉も閉じたまま。
つまり……。
(最初から、ここに“入れた”存在)
銀狼は、低く唸ることもなく、
音もなく、床を蹴った。
一瞬。
視界いっぱいに、銀色。
「……っ!」
リオンは身構えるが、距離が近すぎる。
牙。
喉元。
(しまっ……食われる!!)
そう思った、次の瞬間。
「……え?」
べろ。
頬に、温かくて柔らかい感触。
「……?」
べろべろ。
「……ちょ、待て」
銀狼は、勢いよくリオンの顔を舐め始めた。
容赦なく。
遠慮なく。
愛情過多なくらいに。
「おい! やめっ、舐めるな!……くすぐったい!」
銃を握る手は、完全に止まっていた。
狼は満足そうに尻尾を振り、リオンの胸元に前足を置いて、さらに舐める。
「……」
しばしの沈黙。
リオンは、ゆっくりと理解した。
この銀色の毛の感触。
この距離感。
この赤ちゃんの様な匂い。
「……お前」
銀狼は、ぴたりと動きを止め、きょとん、と首を傾げた。
月光の下、その瞳はどこか、人懐っこい。
「……まさか、な」
呆然としたまま、リオンは呟く。
「銀色の狼が王都に出る理由……そして、俺の執務室に迷いなく来る理由……」
銀狼は、もう一度、ぺろり。
「……」
リオンは、深く、深くため息をついた。
「……これは、調査を続ける前にまず家族会議だな」
銀色の狼は、嬉しそうに尻尾を振っていた。




