第228話 名はリオナ、そして最初に甘やかす者
北部の森。
朝の光が、木々の隙間から差し込んでいた。
ルナは、腕の中の赤ちゃんを見つめながら、静かに言った。
「……名前、決めました」
リオンは、そっと近づく。
「リオナ」
「狼族の響きで“穏やかな銀”という意味です」
赤ちゃんは、その声が聞こえたかのように、小さく指を動かした。
「リオナ……」
リオンは、その名を繰り返す。
「いい名前だ」
「この国で、ちゃんと生きていける名前だ」
ルナは、ほっとしたように微笑んだ。
数日後。
リオナは、王都へと移された。
儀式ではなく、紹介だけ。
過剰な祝福は、あえてしない。
“普通の子”として、迎えるためだった。
そして。
問題の人物が、現れた。
「……ほう」
ガルヴァンである。
腕を組んだまま、赤ちゃんを見下ろし
次の瞬間。
「抱いていいか?」
声が、異様に柔らかかった。
周囲が、一斉に振り返る。
「……誰だ、今の」
「ガルヴァン様?」
リオンが、警戒しながら聞く。
「落とすなよ」
「落とさん!」
即答だった。
リオナは、ガルヴァンの腕の中で、すやすやと眠っている。
ガルヴァンの尻尾が、小さく揺れる。
「……小さいな。軽い。だが……」
ガルヴァンは、真剣な顔で言った。
「守る価値が、ある」
その瞬間。
「完全に、おじいちゃんだな」
リオンのツッコミが入る。
「黙れ」
「これは、国家安全保障だ」
「どこがだ」
それからというもの。
ガルヴァンは、隙あらばリオナの様子を確認した。
・警備は足りているか
・部屋は寒くないか
・騒音は問題ないか
完全に、過保護だった。
「……お前」
リオンは、呆れ半分で言う。
「会議より、こっち優先してないか?」
「未来の民だ」
ガルヴァンは、真顔で返す。
「優先して何が悪い」
ルナは、その様子を見て静かに笑った。
「ありがとうございます。こんなに大事にしてもらえて」
ガルヴァンは、照れたように視線を逸らす。
「……当然だ。王家の子だろう」
リゼは、少し離れたところで見ていた。
「ふふ。これは、いい“緩衝材”ね。宰相が、柔らかくなる」
その日。
リオナという名は、王宮に静かに広まった。
誰も、神話を口にしない。
誰も、祭壇を作らない。
ただ……。
「元気な女の子が生まれた」
それだけだった。
だが。
一番、目を細めていたのは間違いなく、
ガルヴァンだった。




