第223話 形式という名の爆弾と、三方向からの炎上
王都・執務室。
リオンは、ガルヴァンと向かい合っていた。
机の上には、議会提出用の草案。
見ただけで、胃が痛くなる。
「……で?」
リオンは、紙を指で弾いた。
「“形式上の人族婚約”とは?」
ガルヴァンは、一切の遠慮なく言った。
「文字通りだ。実態は持たない。婚姻関係は成立させず、政治的な“約束”として扱う。人族差別という批判を、正面から潰す。議会も、外の国も黙る」
完璧な政治判断だった。
ガルヴァンとしては。
「……俺は?」
「胃は死ぬな」
即答だった。
リオンは、無線機を見た。
北部の森と繋がっている。
「……事前に話すべきだよな」
「当然だ」
ガルヴァンは、少しだけ視線を逸らした。
リオンは力強く言う。
「覚悟しろ。これは、地雷原だ」
無線、接続。
『こちら王都。聞こえる?』
『聞こえてるわ』
返ってきたのは、リゼの声。
静かすぎて、逆に怖い。
『……どうしたの、そんな声で』
リオンは、一気に言った。
「議会からの圧力で“形式上の人族婚約”を検討している」
数秒。
完全な無音。
そして。
『……は?』
声が、低い。
横から、ルナの声も入った。
『それは、どういう意味ですか』
「実態はない。政治的な……」
『リオン』
リゼが、遮った。
『それを“婚約”と呼ぶのは、誰?』
言葉が、詰まる。
『外から見たら、どう見えると思う?私達は?“内側の都合のいい存在”?』
一気に、空気が凍る。
ルナが、静かに言う。
『狼族では選ばれなかった者は、弱者ではない。だが、守ると言われたのに形式で切られるのは裏切りです』
声が、震えていないのが、逆に重かった。
その時。
無線に、軽い声が割り込んだ。
『あー、なるほどなるほど差別ね。うんうん』
精霊だった。
『神から見ればさ種族差別なんて、誤差だよ?』
一瞬。
『……』
『……』
二人の沈黙が、危険すぎた。
『ほらほら』
精霊は、無邪気に続ける。
『どの種族と結婚しても、歴史的には誤差。でもね。“選ばれなかった”って感情は、誤差じゃないんだよねー』
完全に、火に油だった。
『……リオン』
リゼの声が、静かに戻る。
だが、それが一番怖い。
『決めて政治を取るのか?私達を取るのか?』
逃げ道が、消えた。
ルナも、はっきり言う。
『狼族は、曖昧を嫌います。王が誰の王かを今、示して下さい』
無線が、切れた。
執務室に、重い沈黙。
リオンは、額を押さえた。
「……言っただろ。地雷原だと」
ガルヴァンは、椅子に深く沈み込む。
「……形式のつもりだった。誰も、救えない形式だったとは……」
窓の外で、精霊が楽しそうに浮かんでいる。
『面白くなってきたね。王様』
リオンは、胃を押さえた。
「……次はどこが燃えるんだ」
答えは、もう分かっていた。
全部だ。




