第5話土下座しても無駄
魔王ルシエラが我が家に居着いてから、さらに一週間が経った。
ルシエラは最初こそ反発していたものの、今では【限界突破バグ】で作ったご飯と、最高級の天然温泉に完全に骨抜きにされている。
今日も全自動で増殖させた高級肉のバーベキューを「美味い、美味すぎるぞ人間!」と口いっぱいに頬張っていた。
そんな平和な昼下がり。
我が家の防衛システムである【全自動・不審者検知魔法陣】が、けたたましく警報を鳴らした。
「ん? また誰か引っかかったな。ルシエラ、ちょっと様子見てきて」
「むぐ? わかった、この極上の肉の恩返しだ。不届き者は私が塵にしてくれよう」
ルシエラが口の周りのタレを拭きながら、意気揚々と玄関を開ける。
俺もその後ろから外を覗くと、そこには数人の男たちが、空中でマヌケなポーズのままピタリと静止していた。
「ひ、ひぃぃっ!? ま、魔王ルシエラ!? なぜ魔王がこんなところに……っ!?」
フリーズしながらも、恐怖に顔を歪めて絶叫している男。
見覚えのある、ボロボロに引き裂かれた黄金の甲冑。……聖騎士団長のガイルだ。
その後ろには、副団長や数人の生き残りとおぼしき聖騎士たちが、同じようにフリーズして涙目を浮かべている。
「なんだ、ただの雑魚か。レン、こやつら知り合いか? 今すぐ消滅させてよいか?」
「あー、待って。一応、元職場の上司だから。……で、ガイル団長。僕のプライベートエリアに武器を持って不法侵入するなんて、一体何の用ですか?」
俺が【速度バグ】を少し緩めてやると、ガイルはガタガタと歯を鳴らしながら、必死の形相で訴えかけてきた。
「レ、レン……! 頼む、頼むから聖騎士団に戻ってきてくれ! この通りだ!」
ガイルはフリーズが解けた瞬間、地面に勢いよく額を擦りつけた。綺麗な土下座だ。
あの傲慢だった男が、プライドを全て捨てて泥にまみれている。
「お前がいなくなってから、戦場は地獄だ! 魔物どもは一切フリーズせず、本来のデタラメな強さで襲いかかってくる! 精鋭騎士団は初戦で壊滅し、王都の防衛線も突破され、国はもう滅亡寸前なんだ! 頼む、お前のあの『敵を止める魔法』で、もう一度国を救ってくれ!」
「嫌ですよ。僕、無能だからクビになったんじゃなかったっけ?」
俺が冷淡に言い放つと、ガイルは顔を真っ青にして激しく首を振った。
「ち、違う! あれは私の間違いだった! お前は無能どころか、一人で戦場を支配していた英雄だ! 戻ってきてくれれば、副団長の座でも、国家予算並みの給料でも、何でも用意する! だから……!」
「今更そんなものを提示されても困るんですよね」
俺はため息をつき、ログハウスの裏に広がる、無限に果実が実る美しい畑と、湯気を立てる極上の露天風呂を指さした。
「今の僕は、ここで誰にも邪魔されず、24時間有給休暇のスローライフを満喫してるんです。毎日目がシパシパするまでブラック労働してた頃に戻るわけないでしょう。そちらのデバッグ期間は、もう完全に終了しましたので」
「そ、そんな……っ! 見捨てるというのか、レンーーーッ!」
ガイルが絶望に顔を歪めて泣き叫ぶ。
だが、彼らの本当の絶望は、ここからだった。
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