第3話魔王の招待
「……あ、ア、ア、アル、ジ、ジ……ッ!?」
俺が指をパチンと鳴らして【速度バグ】の制限を少しだけ緩めてやると、空中で固まっていた魔王ルシエラは、震える声でなんとかそれだけの言葉を絞り出した。
どうやら「主」と言いたいわけではなく、「ありえない」と叫びたいらしい。
「あ、動かせるのは口だけね。急に暴れられたら困るし」
「き、貴様ぁぁっ! 魔王たるこの私に一体何をした!? 体が、指一本、魔力の一滴すらピクリとも動かんぞ! 我が肉体にかかっているこの『異常な慣性』は何なのだ!」
「何って、ただのバグだけど。君の移動速度のパラメータをシステム的にゼロで固定してるだけだよ」
俺がリンゴをかじりながら説明すると、ルシエラは美しい紅い目を限界まで見開いた。
彼女からすれば、この世のどんな大魔法よりも恐ろしい未知の呪いにかかっているように感じているのだろう。
「バ、バグ……? 何をわけのわからないことを! 私は人間どもを滅ぼすべく、まずは最大の障害だった聖騎士団を塵にしてやったのだ! だが、あいつらの記憶を覗いたら、戦場を支配していた真の黒幕がこの辺境の森に引きこもったと知ってな……!」
「ああ、あの騎士団、やっぱり全滅しかけてるんだ」
「全滅しかけているではない、我が軍が一瞬で蹂躙してやったわ! あやつら、突撃してきた我が軍の幹部を見て『なぜ地面に埋まらないんだぁぁ!』と泣き叫びながら逃げ惑っておったぞ! 滑稽極まりない!」
ルシエラはフリーズした姿勢のまま、勝ち誇ったように笑う。
ガイル団長たちの無様な姿が目に浮かぶようだ。やっぱり俺がいないと、あいつらはただの一般人以下だったらしい。
「ふん、あの無能どもを裏で操っていたのが貴様だな! だがそれもここまでだ! この私の【絶対魔力】をもってすれば、貴様の小賢しい結界など、一瞬で内側から爆破して――」
「あ、じゃあ一回魔力解放してみて。世界のシステムがどう処理するか見たいから」
俺がそう言うと、ルシエラはフリーズしたまま「ふんっ!」と顔を真っ赤にして息んだ。
世界を滅ぼすと言われる魔王の魔力が、彼女の体内から津波のように溢れ出そうとする。
だが、その瞬間。
ルシエラの頭上に、真っ赤なホログラムのエラー文字が浮かび上がった。
【警告:出力がサーバー許容量を超えています。不正な処理として数値をリセットします】
「――え? あ、あれ……? 私の魔力が……消え……?」
「ああ、ごめん。俺の敷地内、一定以上の高エネルギーが感知されると、自動で『数値がカンストして0に戻るバグ(オーバーフロー)』が起きるように設定してあるんだわ」
「お、おおばーふろー……!? な、何なのだそれは! 私の魔力が、本当にただの『ゼロ』になっているぞ!?」
世界最強の魔王が、生まれて初めて経験する「完全な無魔力状態」に、ルシエラの顔からスーッと血の気が引いていく。
どんな攻撃魔法も、どんな防御障壁も、俺のバグ技の前ではただの「バグデータ」として処理されて消滅する。
「さて、と。魔王様がわざわざこんな辺境まで何しに来たのかは分かったけど……。せっかく襲撃してきたんだから、ただで帰すわけにはいかないよね」
「くっ、殺せ! 殺すがいい! 魔王たるもの、人間に屈して命乞いなど死んでもせんぞ!」
ルシエラは涙目で、キッと俺を睨みつけてきた。なかなかの根性だ。
「いや、殺さないよ。目が疲れるからそんな物騒なことしたくないし」
「な、ならばどうするつもりだ!?」
「うん。ちょうど、裏庭の畑を耕す人手が足りなくて困ってたんだよね」
俺の言葉に、魔王様は「は?」とマヌケな声を漏らすのだった。
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