第10話王女の我儘
「な、何よこれ……! こんなの、我が帝国の王宮にも存在しないわ……っ!」
数分後。ログハウスの裏庭で、エレノア王女は完全に言葉を失っていた。
レンを連れ戻すために息巻いていた彼女の前に広がっているのは、不毛の地と言われていたはずの辺境の森に突如として現れた『全自動の楽園』だった。
「ほら、これ。さっきのメロンの残り。お近づきの印にどうぞ」
「ふ、ふん! 私は帝国の第一王女よ? そんな辺境で採れた果実ごときで、私の心が揺らぐと――」
エレノアはプライドを保とうとフンと鼻で笑いながらも、漂う尋常ではない甘い香りに抗えず、メロンを一口かじった。
その瞬間、彼女の青い瞳が驚愕でカッと見開かれた。
「なっ……! な、何これ美味すぎるわっ……!? 果肉が口の中で一瞬でとろけて、至高の蜜が溢れ出てくる……! 我が国の特級宮廷料理人が国費を投じて作った最高級メロンの、優に百倍は甘いじゃないの!」
「それ、ただの野生のメロンだよ。水分量と糖度の数値をバグらせて『限界突破』させただけだから」
「げんかいとっぱ……? 貴様、神の領域の栽培魔術をそんなサラッと言い放つの!?」
エレノアは涙目で、もの凄い勢いでメロンを平らげていく。高貴な王女の作法など、バグメロンの美味さの前には綺麗さっぱり消し飛んでいた。
「くっ……果実が美味いのは認めるわ! だが、我が帝国は大陸一の文明を誇る大国! そんなただの自然豊かなだけの生活が、我が国の用意する栄華に勝てるはずが――」
「あ、ついでに温泉も沸いてるから、旅の疲れでも癒やしていったら?」
俺が裏庭の露天風呂を指さすと、そこには最高級の天然温泉が湯気を立てていた。
エレノアは「お、温泉……?」と動揺しつつ、馬車での長旅で身体が泥だらけだったこともあり、誘惑に負けてしぶしぶ湯船に浸かることにした。
――そして一時間後。
「はぁぁ〜〜〜……極楽、極楽……。もう王宮の固いお風呂には戻れないわぁ……」
湯船から上がってきたエレノアは、完全に骨抜きにされていた。
頬をほんのり桜色に染め、レンがバグで即席作成した極上の綿の部屋着に身を包み、冷えたバグリンゴジュースをストローでちゅーちゅーと吸っている。そこにはもう、ツンとすました王女の影すらなかった。
「あの、エレノア王女? 僕を帝国にスカウトする話はどうなりました?」
「……スカウト? 何それ美味しいの?」
エレノアはジュースを飲み干すと、大真面目な顔で俺の手を両手でギュッと握りしめてきた。
「決めたわ、レン様。私、帝国には帰りません!」
「え?」
「こんな美味しいものがあって、最高の温泉があって、24時間有給休暇なんて素晴らしすぎるライフスタイル、国を滅ぼしてでも手に入れる価値があるわ! 今日から私もこの家の『全自動・居候係』としてここで暮らします!」
「いや、居候係ってただニートしたいだけじゃ……」
「な、何を言うのよ! こう見えて私は帝国の英才教育を受けた身よ!? ええっと……そう、レン様のデバッグ作業の『書類仕事の自動化(マクロ作成)』くらいなら手伝えるわ!」
「あ、それちょっと助かるかも」
まさかの有能な事務員(王女)が仲間入りしそうになり、俺が少し心が動かされたその時、エプロンを腕まくりしたルシエラが、クワを片手にドスドスと歩み寄ってきた。
「おい、新入り。レンの隣は、最初の従業員であるこの私の指定席だ。ニート希望の王女風情が、美味い飯と温泉をタダで享受できると思うなよ」
「な、なんですって!? 私はレン様の『未来の妻』になる女よ! エプロン魔王なんかに出しゃばる権利はないわ!」
バグだらけの楽園の裏庭で、火花を散らし始める魔王と王女。
元騎士団や魔王軍の残党をバグで片付けたと思ったら、今度は俺の家の中で「ラブコメのバグ」が全自動で発生し始めるのだった。
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