大いなる礎石
政務院議会に多くの人が集められた。彼らのうち殆どは臨時議員であり、緊急事態が解除されたと宣言されれば晴れて政務院議員になる人達である。そして彼らは理解している。ここで皇帝に緊急事態解除を要求し解除されなければ永遠に議会制は戻らず、前時代に行われていた皇帝による完全な独裁が続いてしまうと。
「諸君、臨時政務院議会は本日招集されました。議会を開式致します」
こんなに重い空気が漂っているのは第二回政務院特別議会以来ではないだろうか。あの時のような熱を帯びていて少し不愉快だ。
「第一位、この会議の詳細について。この会議は一年前より宣言されたヘラヘラ緊急法に基づく緊急事態宣言について審議致します。また、臨時議員の諸君におかれましては緊急事態宣言が解除された後に政務院議員としてと登用する予定であります」
「しかしこの審議において未だ緊急事態であると結論であった場合、その限りではないという事も認識していただきます」
「次に第二位、審議を行います。平民議員代表、貴族議員代表、軍部の順で意見を徴収致します。では平民議員代表、ラスアヅィンニコフ・カエセリオン氏、お願いします」
ラスアヅィンニコフ、まったく彼の手腕には脱帽せざるを得ない。民衆からの評価が最悪なヘリオース帝の治世のその中心に居ながら平民人気を確保して平民議員代表にまで選ばれた男なんだ。
「ラスアヅィンニコフ・カエセリオンで御座います。平民議員の立場としては勿論、緊急事態の終了宣言を願います。市中は安定し、反乱も一旦の終息を経ました。そして来年には黒い雲が晴れると予測されているのであれば、民衆への信頼回復の為に緊急事態の終了を宣言するのは必然であります」
反論の余地もない意見だと思う。私も同意見だ。
「では次、貴族議員代表パトシキ・トカー氏、お願いします」
パトシキ・トカーはいつものように醜い肉体で気高い姿をしている。貴族というのはまさしく彼のことだろう。道義を重んじる貴さ、敵も味方も金も神も必要とあらば利用する腹黒さという名の寛容さ、これぞ貴族だ。
「皇帝が国家であるというのならば、皇帝とは地上における神である。しかし皇帝という概念は神と同一であっても、皇帝という個人は神ではない。我々はそれを理解した上で皇帝に進言する。貴方は今すぐに緊急事態の終了を宣言し、そして国家と臣民から権利を簒奪した不義理を詫びるべきである」
「貴方が貴方自身を国家と同一であると、地上における神と同一であると言うのならば、人の自由意志を尊重するべきであり、貴方の行いは根本的に間違っていたと自覚するべきだ」
……嫌われてるな、私。だって長々と語ってたけど要は貴方の行いは全て間違っているって事じゃないか。でも、彼の言っている事は正しいと思う。それはそれとして本当に嫌な人だとは思うよ。だって皇帝は自分を排除できないと知りながら喋ってるんだ。だからこそ彼は利口な人だとも言えるけれど。
「……ありがとう御座います、パトシキ・トカー氏。では軍部代表、ブルース・タヌキウス氏お願いします」
ブルースはいつものような勢いを纏っていない。彼自身、ここでどっちの立場に立てば軍の利益になるのか分かっていないんだろう。だから風見鶏をやっている。
「軍部代表としてはこの度の審議について、混乱を避ける為に発言を控えさせていただきます。選定の剣はともかく、喋る剣というのは面倒でしょう」
彼は座ったままそう答えた。さて、ここからだ。
「では第三位、皇帝として結論を出させていただきます。皇帝である私はこの混迷する現状が未だ緊急事態であると認識している為、緊急事態の解除宣言は見送らせていただきます」
議会のみんなが私を軽蔑の目で見ている。そう、だからこそラスアヅィンニコフ、貴方の番だ。
「腐っている」
彼は立ち上がり、私を指差した。そしてその口で私を糾弾する。
「権力を我が者としてマクリヌスなどと言う奴隷と番って!それが皇帝のやる事か!!貴方がいなければこの混沌も第三次奴隷戦争も無かった!貴方の放蕩さと無能さが悪の緊急事態を最悪の緊急事態にしたのだ!!」
ラスアヅィンニコフに続くようにしてパトシキ・トカーも立ち上がった。
「もはやこの者は皇帝に相応しくない!よって私はここで皇帝に対して皇籍の抹消と処刑を命じる!」
彼がそう言い放った時、議会に私の近衛兵が入ってきた。赤いマントと赤いトサカ、帝国の模範となるべき精鋭兵である。
「我が近衛兵よ、私に無礼を働く者を殺せ!」
彼らはズケズケと会議に入り、そして彼らの隊長は私の指示通り私に剣を向けた。
「今の貴方は守るに値しない!」
その時、ブルースは立ち上がりいつもの勢いで叫んだ。
「軍部としての先ほどの発言、撤回させていただく!やはりこの男は皇帝に相応しくない!帝国の剣であり選定の剣である我らは我らの役割に従いこの者を、皇帝もどきを排除する!」
やはり貴方は道化だ。この茶番は私とラスアヅィンニコフとの間の交渉の結果だから、ラスアヅィンニコフと茶番に必要な近衛兵とパトシキ・トカーにしか話していなかった。なのに貴方は状況を理解して私を排除しにきた。優秀な道化だよ、本当に。
「ブルース、貴方もか!!」
議会の扉へ逃げる、全力で走る。でもこの非力な身体ではそこまでのスピードは出ず、すぐに近衛兵に拘束され床に押し倒された。床が冷たい、ぶつけた鼻が痛い。
ラスアヅィンニコフは私を見下ろして、近衛兵の隊長に命令する。
「もはや公開処刑の価値すらない。適当に切り刻み、下水道にでも捨てておけ。名も無い奴隷と同じように」
これで、私の仕事は終わりだ。民衆の憎悪は私に向かい、一年後の晴れた空のマレ・ノストルムは貴方の治世で行われる。だから私は、皇帝ヘリオースは死ぬ。
まぁ、やりたい事全部はできなかったけれど、やるべき事はできたかな。
その日の夜、無能変態皇帝ヘリオース・エルガーベラスは下水道に打ち捨てられた。大雨の影響で流れは早く、その遺体を見た者は僅かであった。




