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ルビコン川の戦い

 ルビコン川の戦い




 ルビコン川、帝都近郊とアルペン=ガリア属州を隔てる小川である。そして今日、そんな小川で熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 ハンニヴァルカ・アナキヌス・スパルタクス率いる反乱軍とラスアヅィンニコフ・カエセリオン及びブルース将軍の率いるマレ・ノストルム軍の戦いである。

 1日目2日目と互角の戦いであったが、両軍この時点において戦況は反乱軍に傾きつつあった。その要因として挙げられるのが最高指揮官の不在による士気の差である。


 「ラスアヅィンニコフ!ラスアヅィンニコフ!」


 ここを抜かれれば帝都は滅ぶ、そんな戦場に皇帝が馬と共に駆けてきた。絵としては最高だけれど、私は勿論馬には乗れないのでこうしてマクリヌスの乗る馬の前に乗ってるわけだ。格好いい訳ではない。むしろ非力で女のように見える。でも今はそれが悪いとは思えない。


 「陛下?意気消沈なさっているという話では……」


 「してた、でも今は大丈夫。とにかく私を前線に出して。兵を鼓舞しながら戦うから」


 「……いいんですか?粗相をしたら終わりですよ、血を見て骨を見て吐いたら信用は無くなるんです」


 「構わないよ、お願い」


 しばらく歩いて森を抜ける。そして抜けた先にあったのは血に染まるルビコン川だった。


 「陛下、よくお越しなりました。ご覧ください、この惨状を」


 ブルースの指さす先、男達の死体の山がダムとなって水を堰き止めている。


 「まさしく屍山血河と言った所です。死体を足場として戦っている。5日間も」


 あの白いのは骨だろうか、あぁでもよかった。私は目が悪いからこの距離ならまるでモザイクが掛かったようにしか見えない。だから大丈夫、大丈夫。


 「うっ……大丈夫、まだ。とにかく檄を飛ばすよ、準備をして」


 ブルースは自らの部下に血に濡れた衣装を着させて土を掛け、乱戦のの後列に突っ込ませた。サクラという訳だ。


 「ありがとう、ブルース」


 川へ近づく。槍を投げられたら死んでしまうかもしれない、そんな恐怖は一先ず両隣のの大楯兵に預けて肺に空気を入れた。


 「聞くが良い!マレ・ノストルム軍、そして愚かにも我が帝国に歯向かう反乱者達よ、我が名はヘリオース・エルガーベラス。第30代皇帝、諸君らの父であり母である!」


 対岸から一筋の煌めきが目を突き刺す、そしてそれは一本の線となり私の頭に飛んできた。


 「陛下!」


 大楯兵は私の前に立ち、飛んできたその槍を盾で受けた。槍は木の盾を突き破り、その先端が私の額の皮を破った。

 怖い!死にたくない、冷や汗が吹き出る、でもまだ、だめなんだ。額から血が流れてるけど貫通なんてしちゃいない。ただ擦っただけだ。


 「一つ!私はマレ・ノストルム軍に問う、諸君らは何をしている!諸君らは皇帝の前で不様を晒すのか!死を恐れているのか!!私を見ろ!私の額から流るる血を見ろ!私の身体を見ろ!諸君らは私よりも弱いのか!」


 「否!そんなはずはない!故に諸君らは恐れてはならない!進め!反逆者を蹴散らすのだ!」


 仕込みのサクラが叫ぶ。民衆の時とは違って空気は冷えてるが戦いの熱はあり、戦いという幾千の最善の判断が行われる場所であるから頭が熱くなっていて冷静ではない。だから簡単に火は起こって私の想定した方向に集団の意思は向いている。

 皇帝と帝国の為に、戦士はそう叫んでいる。

 つまりこれで士気は互角だ。だから後一押しする。


 「次に反乱者へ告ぐ!マレ・ノストルム帝国とは強さと寛容さの国だ!故に私は寛容さの下、諸君らが降伏するとあれば一切の罪を問わず、また皇帝ヘリオースの名の下にマレ・ノストルム市民権を与えると約束しよう」


 嘘に決まっている、そう叫ぶ声が聞こえた。しかしこれで十分だ。だってもう彼らは5日も戦っているし大部分は軍人じゃない。だから楽な方に逃げてしまおうと思ってしまう人が出るのであればそれで構わない。むろん、私は嘘のつもりで言ってはいない。


 「正気ですか、陛下。貴方のやっていることは……」


 反乱をすれば成果が得られる。それは暴力の正当性を示してしまうから殆どの場合においてこんな方法はやるべきではない。


 「ブルース、わかってる。でもこれは後々みんなの為になるから」


 「だから貴方は指揮をしてこの戦いだけを考えて。私についてくれば損はさせないって言ったでしょ」


 その時、左側から声が聞こえた。その声は見知った声であり、甲高く勇敢な女の声だった。


 「惑わされるな!圧政者ヘリオースである!」


 兵はすぐに私を取り囲む、だがこれではもう遅い。そうか、ブルースやラスアヅィンニコフには教えていなかった、アナキヌス・スパルタクスの正体を。

 ぬかったんだ、私。


 「我が戦友を語る者よ!その首を晒せ!」


 馬の嗎と共に聞こえた声は、英雄の声だった。スピキ将軍が生きていたのである。


 「な、生きていた!?どういうこと?ブルース」


 「ラスアヅィンニコフです、彼が奴の正体を看破しスピキ将軍をすんでのところで急命なさったのです」


 ラスアヅィンニコフが?あぁ、だから彼はあの時一度帝都に帰ったのか。


 「やっぱり只者じゃないよあの人」


 誰が見てももはや明らかである。反乱軍の最後の手はスピキ将軍によって打ち砕かれ、勝敗は決してしまった。故に反乱軍のうちの奴隷の半分は寝返った。


 「こ、降伏だ!」


 川で降伏者が出る中、私は乱戦の中に飛び込んだ。このままではユリアンが死んでしまう、そう思ったのだ。


 「だめだ!スピキ将軍!!」


 スピキ将軍は剣を抜き、輝く銀の剣身が顕になった。


 「悪辣墓掘り人め!死ねぇい!」


 アナキヌス・スパルタクスに、ユリアンに迫り来る剣身。ユリアンが死ぬ、嫌だ。


 「何をするです陛下!?儀礼の剣を持って!」


 剣の剣がぶつかり、火花が迸る。私の儀礼用の短剣は折れた。


 「だめだ、生け捕り!絶対に!」


 腕が引っ張れる、何か柔らかいものを背中に感じる。そして首元に刃の冷たい感覚を感じた。


 「全員黙れ!でないと皇帝を殺す!」


 アナキヌス・スパルタクスは私を拘束して人質した。皇帝が拘束されたという事実はこの場において大きく、乱戦の最中であっても殆どの人が動きを止める理由になった。


 「ユ、ユリアン。もう辞めよう」


 「貴方と私の為なんだ。傷つくのは自分だけなんてだめ、私は耐えられないし、貴方も嫌でしょ」


 「違う、もう誰も傷つかない、私が全部を取ってやるだ」


 「そんな方法……」


 彼女とて嫌なはずだ。だって貴方は強い人じゃない、我慢強い人じゃないんだ。だから人殺しも嫌なはず。だから考えてしまってるはずだ、私の全部をとってやるという発言の意味とその方法を。


 「今だ!陛下を離せ!」


 スピキ将軍の剣が私の喉元の剣を振り払う。そして彼は彼女の腕を掴み後ろの部下に投げた。


 「陛下!彼女は拘束しました!だから今すぐに下がって!こいつらは亡国の戦士だ、だから降伏するくらいなら死ぬ!」


 「わかってる!あとは任せましたスピキ将軍!死なないで!」


 「貴方のような麗しい人にそう言っていただけるのなら死ねませんね!良い酒を用意しておく事です!」


 彼女を拘束する部下と共に私は後方に下がる。


 「あとは任せて、全部なんとかするよ、ユリアン」


 彼女が縄で縛られているのを尻目に私はそう告げた。



 345年、第三次奴隷戦争はルビコン川の戦いにおいて敵の首領たるアナキヌス・スパルタクスの戦死によって終結した。彼女の本当の戦い、皇帝としての最大の仕事は今、始まろうとしている。

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