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ハンニヴァルカの正体






 帝都の危機と知って早馬に乗る皇帝、非常に絵になる。しかし現実としてはそんな格好いいものではない。だって私は今の私はこうだ、スピキ将軍の運転するチャリオットから落とされまいと両手で縁を掴んでる。


 「申し訳ありませんね、陛下」


 「いえ、構いませんよ。速いに越した事はありませんから」


 にしても凄まじいスピードだ。まだ3日しか経ってないのにルビコン川以南、帝都近郊に着きそうだ。


 「ではもっと飛ばしましょうか?我々の最もたる武器は速さでしたから」


 1日でも多く歩ければ敵が揃う前に叩ける。スピキ将軍の戦いは常にそうであった。ハンニヴァルカ以外は。


 「スピキ閣下!左翼より妙な報告が!」


 「左翼……」


 その時、崖上に妙な影が見えた。


 「あり得ない、こんな地図にも乗らない様な小道を知ってるはずがない、カルタゴン人が」


 あれは、敵である。おそらくカルタゴン軍残党。


 「どうするんです?スピキ将軍」


 スピキ将軍は馬に鞭を打ってさらに馬の速度を上げた。ガタガタと揺れ、土煙は待って私は吹き飛ばされそうになるがスピキ将軍が左腕で私の背中を支えてくれて何とか飛ばされずに済んだ。


 「止まれ!マレ・ノストルム軍!開戦前最終交渉である!これは開戦前最終交渉である!」


 最終交渉……妥協の意思がある?それなら……


 「いけません、陛下。罠です、確実に」


 その時、ある声が響いた。その声は何処かで聞いたことある声だった。


 「ヘリオース・エルガーべラス!麗しの圧政者よ!このハンニヴァルカの声が聞こえぬか!?聞こえているのなら今すぐ馬を止め交渉の席に付け!」


 少年の声。何処かで聞いたことのある気がする声。東部訛りの、特にイスタンブルノポリス以東に見られる特有の訛り……誰だ?


 「馬を止めて、スピキ将軍。身内かもしれない」


 弟、こんな声だったっけか。いや、家内奴隷の誰かか?


 「しかし……」


 「止めて」


 愚かな選択をした、かもしれない。でも今はハンニヴァルカが誰なのか、それを知りたい。


 「はい……承知致しました」


 戦車隊は止まり、すぐに敵に囲まれる。屈強な男達、カルタゴン軍の象徴たる黄色のマントを羽織って刃こぼれした剣を持っている。しばらくして髑髏の仮面を被った者が近づいて来た。身長はそれほど高くなく、着込んでいるが身体は華奢、何というか私と同じくらいの年齢に感じる。


 「貴方がアナキヌス・スパルタクス、その人ですか?」


 「えぇ、私がアナキヌス・スパルタクスです」


 髑髏の仮面はゆったりと、さっきよりも低い声で話した。何というか、まだ声変わりしていない少年が無理に低い声を出している様に感じる。弟の声は確かこんなんじゃなかった。家内奴隷のあの人は成長していれば声変わりしているはずだし……


 「仮面を外せ!偽物め、ハンニヴァルカはこんな博打の様な策を打つ男ではなかったぞ!」


 スピキ将軍は堪えきれず髑髏の仮面に向かって叫んだ。


 「博打の様な策、か。まぁ貴方の様な英雄から見ればそう見えるでしょうね。しかし私はこの様な策を取らざるを得なかった。それはヘリオ、貴方ならわかるでしょ?」


 ヘリオ、その名を呼んだ時の声色は女のものだった。なら、その目の前の髑髏の仮面は……


 「何で、何でそうなっちゃうんだよ、ユリアン」


 髑髏の仮面の彼女はゆっくりと仮面を外した。そして仮面の奥にはあの見知った顔が、紫の大きな瞳と煌びやかな金髪があった。


 「ユリアン、まぁユリアン・アナキヌス・スパルタクスって言った所かな」


 彼女は昔のまま、いや何者にも抑圧されていないからだろう、自由を纏って魅力的に見えた。でも、なんでなんだ、何で彼女が反乱をやってるんだ、貴方はそんなことする人じゃない、貴方には似合わない、何より貴方に人殺しになんてなって欲しくなかった。


 「なんでなのさ、なんでユリアンがこんな事をしてるんだ!」


 「なんで?わからないの、ヘリオ。私は貴方との別れを切り出したあの日言ったじゃん。貴方が自分を殺していくのを見ていられないって」


 「それとこの反乱に何の関係があるのさ、わからないよ、私には」


 彼女は少し笑ってから答えた。


 「あるよ。だって貴方が自分を殺すのはマレ・ノストルム帝国って国の為でしょ?なら話は簡単だよ、このマレ・ノストルムって国が無くなれば貴方が自分を殺す必要がなくなるんだ」 


 そんな事の為に貴方は反乱を起こしたのか?多くの人を殺して、私一人のために?私一人のために世界に等しいこの帝国を壊すっていうのか?そんなことが、そんなことが許されていい筈がない。


 「違う違う違うよ、間違ってるんだ、貴方は間違っている、徹底的に。だってそうでしょ、私一人のために数万人が死ぬなんて間違っている」


 「だからって貴方が傷つくの違うでしょ」


 「それで良いんだ、傷つくのが私だけで済むのならそれに越した事はない筈でしょ。だって、私は皇帝なんだ」


 彼女は一瞬左下を見つめて寂しそうな表情をした。


 「貴方……そこまで。ごめんね、本当に気づけなくて。でももう大丈夫、貴方を損なうもの全部を私が壊しておくからさ」


 彼女が手を挙げると同時に周りの男たちは武器を構えた。


 「陛下、私の後ろに。人数は五分ですから、何とかして見せます」


 「勘違いしないでくださいね、スピキ将軍。なんとここから増援で3倍になります」


 戦いの火蓋が切られようとするその時、馬の嗎が聞こえた。


 「将軍!ご主人をこっちに投げて!」


 金兜が輝いている。マクリヌスのチャリオットは包囲を破り突っ込んできた。


 「失礼!!案外軽くてびっくりです!」


 スピキ将軍は私を抱え、そして投げた。内臓の浮く感覚、恐怖を感じて目を瞑った。


 「凄い膂力!」


 マクリヌスの声が聞こえた時、自分の腹が少し痛んだ。でもそれだけであり、彼が私をキャッチしてくれたんだなってすぐにわかった。


 「陛下、さようならです。ハンニヴァルカではないのなら帝都の兵で倒せる筈ですから」


 スピキ将軍は覚悟の籠った目でマクリヌスに抱えられる私を見つめていた。


 「飛ばしますよ、死にたくないんで、俺は」


 マクリヌスは馬に鞭を打って速力を上げた。嗎と共に土埃が舞い上がる。


 「ユリアン……」


 どうしてこうなったんだよ、本当に。

 

 

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