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第三次奴隷戦




 戦争が始まってから1ヶ月。何というか、実感がない。だって私は蠍の宮殿から一歩も動いてなくて、やってる事は執務室で書類仕事であり、帝都にいる時と変わらない。今もそうだしね、ちなみに今は増税の為の草案を作ってる。

 もちろん、前線では熾烈な争いが起きて壮絶な命のやり取りをしてるって事は頭で理解してる。でも感覚としてわかっていない。何故なら届くのは敵の頭でも骨でもなくて紙束だ。どこどこで誰か勝ってどうなったとか、そういう感じだ。

 つまり、私は戦争をしている張本人であり最高指揮官なのに前線の誰よりも戦争をしている自覚が無いって訳だ。世の王様が何で戦争するのかわかった気がするよ、書類だけでしか命を知れないのなら戦争なんて命とその他の利益をトレードしているって感覚にしかなれないし。まぁだから王こそ前線に出ろって話では無いけれど。


 「陛下!ご報告になります!スピキ将軍より敵、瓶詰めのアルコーンなり」


 アルコーン、意味は地上を支配する低級の神。つまりスピキ将軍はハンニヴァルカを捕らえてそしてそれが偽物だったと報告した訳だ。


 「そうか、勝ったか」


 勝ったらしい、第三次奴隷戦争。肩透かしだけれどこんなもんだろう。負けたなら死ぬかも知れないけれど、勝ったなら報告で勝ちましたよって言われるだけ、それが皇帝の戦争だ。まぁむしろ大変なのはこれからだけれどね。


 「……そうだね、じゃあ会いに行くよ」


 戦争の首謀者と話し合って妥協点を見つけて殺す。数万の処罰を釈明する代わりに首謀者とその取り巻きの数千人くらいを殺す。第二次奴隷戦争でやった事をこっちでもやれば何とか穏便に収まってくれるかもしれない。

 宮殿から出て郊外のある森へ向かう。偽ハンニヴァルカはハンニヴァルカとして処分するから誰にも見られない場所で殺そうって話。


 「お待ちしておりました、陛下」


 鳥の囀りと風の音だけが聞こえる森の中、スピキ将軍は私に礼をした。


 「これがハンニヴァルカ・アナキヌス……いや、アナキヌス・スパルタクスですか?」


 縛られた髑髏の仮面の男、体躯は小さく、本当に老人のようだ。


 「えぇ、仮面を外して確認致しました」


 「そう、もう一度拝見しても?」


 スピキ将軍の部下は彼の仮面を剥がした。そして哀れになったのは、あの時の男だった。


 「貴方は……私が皇帝になる前にフィレンポリスで会ったご老人ですか」


 私の治した目が私を見ている。憎しみのこもった目で私を見つめている。しかし、驚きだ。私の知っている人が偽ハンニヴァルカの正体だったなんて。


 「お久しぶりですね、圧政者ヘリオース」


 「まさか貴方が、どうしてなんです?」


 「……どうして?」


 老人は年甲斐もなく、感情をぶつけるように叫んだ。


 「貴方のような圧政者が我々の権利を無視したからでしょう。我々は法的に定められている財産ではない、物ではない、我々は人だ!」


 奴隷制の否定、それは人道的に当たり前の事だ。しかし奴隷制を無理に廃止しようとすればこれまた経済が壊れて人が死ぬ。つまり奴隷制の否定とはある側面において人道的とは言えない。かと言って奴隷制が肯定される理由にはならない。だから私は……


 「ここにいる人達は政治にあまり興味がないから言っちゃうけれど、奴隷制については、段階的に廃止される予定だよ」


 老人は顔を顰めた。


 「……貴方の言葉が真実だとしても事は遅すぎた、もう何百年も」


 「だからこうなった、そういう話なのは理解している。でもそれをやらない理由にはならないと思うから」


 魔法による経済発展の土台を整える。これの果てにあるのは魔法の機械という奴隷よりも効率的な経済の担い手だ。だから奴隷制は段階的に、数百年を賭けて廃止される予定であったんだ。私の死んだ後にね。


 「所詮偽善だ、貴方の言葉は何もかも。真に奴隷制を廃止して下さるのはアナキヌス・スパルタクス以外には居ないのだから」


 「でも貴方は今ぐるぐる巻きでしょ。反乱が失敗してしまった以上、しばらくこの不道徳な制度は続くよ」


 「反乱の失敗?私が捕まった、それだけで反乱は終わらない。私など、礎石に過ぎない。アナキヌス・スパルタクスによる奴隷解放の礎石に……」


 指導者が死んだら奴隷なんて烏合の衆で反乱は成功しない、それは確定的な事だ。だから……この老人は偽物のハンニヴァルカであり偽物のアナキヌス・スパルタクスって事なのかもしれない。だとしたら本物はどこに?


 「スピキ将軍、その顔してるって事は……」


 彼の顔は青褪めていた。多分私と同じ事を考えている。このアテネ属州での第三次奴隷戦争そのものが陽動だったのではないかと。


 「まさか……アルペン越えは危険過ぎる……だから二度目なんて……いや、奴なら……あり得ない」


 「あり得ないんですよ、陛下。アルペン越えの損耗によって私は奴に打ち勝ったんだ。だから絶対にしない筈だ、奴なら。でも奴以外にアルペン越えなど出来ない」


 ハンニヴァルカはアルペンを越えてやって来た。一度そうした様にもう一度それをするかも、当然こんな可能性を議論した。でもそれはあり得ないと結論付けられた。何故ならハンニヴァルカ以外にアルペン越えを成せる指揮官はいないし、ハンニヴァルカであったとしてもやらない。何故ならアルペン越えの損耗が原因でスピキ将軍に打ち負かされたのだから。


 「もうハンニヴァルカの正体なんてどうでもいいでしょ!杞憂で終わればそれでいいんだから、今すぐ馬と軍を向かわせて!ルビコン川を越えられたら帝都は目と鼻の先だから!」


 一つ、気掛かりな所がある。ラスアジィンニコフは開戦前に帝都に戻った。何の為に戻ったのか私は知らない。彼の部下ですらそれは知らない。まさか、彼が……あり得ない。そんな馬鹿な事があってたまるか。

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