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神崎が趣味の小説を書いているとき、テーブルの上で充電中のスマホが鳴った。
だいたい察しはついている。 ちらっと目をやると、やはり画面には、薫子という表示。
昼間のことがあるので、無視してやろうかと思ったが、けっきょくはスワイプして通話した。
「勝手に通報するなよ」
「ごめん、ごめん」 彼女の声に、まったく悪びれる様子はない。 「で、警察へ呼ばれた?」
「ああ、ここへ来てもらった」
「ふ~ん。 どんな人? いっぱい来た? あ、やっぱいい。 探、今から、ごはん食べに行こう。 どうせ、まだなんでしょう?」
薫子の決めつけは、いつものことだ。 実際に、神崎は執筆に没頭していて、晩飯はまだだった。 仮に終えていたとしても、それなら飲みに行こうよ、と誘ってくるだろうし、けっきょく行くハメになるのだ。
よくそんなに外食ばかりできるものだと感心して、思い出した。 零細企業といえど、一応彼女は社長令嬢なのだ、と。
そう珍しくもないが、今夜は一人だともいった。 電車でこっちに来るらしいので、二人が何度も行ったことのある居酒屋で、落ち合うことにした。
神崎は、ノートPCをスリープにし、パッと支度を整えて部屋を出た。
ひと駅だけなので、頃合いを見計らって電話をかけると、駅から出て、こっちへ向かっている途中、という返事。
で、大通りにある最寄りのバス停をすぎた辺りで、当の薫子の後ろ姿を発見した。
空中給油を頭に浮かべながら、ドッキングする。 「よぉ、おつかれ~」 という挨拶は、いつものことだ。
薫子は、神崎の顔を見上げるなり、口に手をそえてプププと笑った。 その意味はわからない。
並んで歩きながら、神崎は、詐欺電話だと思ったくだりから始めて、少し遅刻したことなど昼間のことを話した。 薫子はまだ飲んでもいないのに上機嫌で、神崎の腕にからみ、ハンドバッグを振り回した。 刑事の風貌、なにを尋ねられたのか、と興味津々だ。
ふと、勢いは違えど、継母の絵梨子さんも同じだったなぁ、と苦笑した。
今日一日で、何回同じ話をさせられるのだろうか……。
居酒屋は混んでいた。
カウンターの止まり木席で、理由のない乾杯。 焼酎グラスを当てる。 お通しは冷奴に、なめ茸とポン酢しょうゆがかかっていた。
「それで、刑事さんに、れいのアレを見せたんだけど、なぁんか反応が薄かったんだよなぁ」
「そうなの? ええ、じゃぁハズレかぁ」
「一応あのプリントは持って帰ってったけど」
「ふ~ん、探のアレ、めちゃくちゃお手柄だと思ったんだけどな」
「あの男が犯人なら、そうだよな。 アパートから自宅まで完璧だったし」
「それに一旦出てきて、植え込みの前でしゃがんでたんでしょ。 もろに凶器の隠し場所じゃん」
顔を見合わせ、二人してため息をついてから、グラスに口をつけた。
ホッケの身をほぐしては、麦焼酎を口へ運ぶ。 神崎が注文した豚の角煮を、薫子が断りもなしに奪っていく。
二人は小一時間ほどで店を出た。
二軒目という雰囲気ではなく、神崎の部屋へ直行した。
神崎が先にシャワーを浴びていると、薫子も入ってきて一緒に浴びた。 浴室から出ると、互いの体の水滴を拭い合いながら抱き合った。 月に一度くらいのペースで、二人は情事を重ねていた。
自分は、薫子に新しい男がみつかるまでのリリーフだ、と神崎は考えている。
三十をすぎた二人にとって、セックスはエクササイズだった。
神崎がさっと汗を流して浴室から出てくると、薫子はパンツ一枚姿で首からバスタオルを掛けて、テレビを観ていた。 テーブルの上に、半分くらいになったスポーツドリンクがあった。 冷蔵庫に缶ビールがあれば、そちらを選択していたことだろう。
「久しぶりに、キャンプとか行きたいなぁ」
唐突になんだ、と訝ってテレビを観ると、ちょうどそんな番組をやっていた。 影響されやすい。 本気で行きたいと思っているのかは怪しい。
翌朝、出勤時間に間に合うように、薫子を自宅マンションへ送っていった。
その帰り、信号待ちの車の中で考えていた。
「キャンプでもしてみようか……」
どこへ行こうか、誰と行こうか、と頭の中で計画は膨らんでいく。 きっと楽しいものになると予感めいたものがしてきて、アパートへ帰り着く頃には、行くと決めていた。
車のキーを片手でもてあそびながら、駐車場から歩いていくと、絵梨子さんが庭木に水をやっていた。
「あら、こんな時間に出掛けてたの?」
「あぁちょっとね。 それより……」
テントと寝袋が母屋にある。 絵梨子さんがいるなら、堂々と取りに行きやすい。
それでさっそく、引っ張り出してきたテントを広げてみると、妙にガサガサとしていた。 試しに引っ張ってみたところ、ツーッと裂けてしまった。 鍋はサビまくり、固形燃料は分解している。 寝袋にいたっては、カビの胞子が育っていた。
あぁぁ……。




