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 テーブルのまわりを片して、明日のゴミをまとめれば、もうやることもなくなった。 一人暮らしのゴミの量なんて、大したことはないのだ。 今のうちにゴミ出しに外へ出た。 どうせ朝起きはできそうもないからだ。

 外はだいぶ涼しくなっていた。 駐車場出入り口付近に設置されている、金網のゴミステーションの扉を閉め、あたりを見回す。 誰もいないようだ。 いつもの家並み。 パッと見た感じ、電気が点いているのは、向こうの背の高いマンションに、何部屋かだけだった。 深夜二時らしい閑静さだ。 ふと常盤が、職質も何も受けなかった、と言っていたことを思い出した。 護衛云々というのは、明日からの話だろうか?


 部屋に戻って手を洗い、カウチソファに体を沈めた。

「まだ誰かいた?」 スマホの画面から目を離さずに、常盤は訊いた。

「いいや、誰も。 平和なもんだ」

 常盤の視線はチラッとだけ神崎に向いて、またスマホに戻っていった。

「ネットでも、新しい情報は出てこないね。 ローカル事件の掲示板も……」 画面をスクロールする。 「今夜のところは、みんな解散って感じ」

「今夜のところは、な」 神崎が尻をもぞもぞと動かして、座り直す。


 常盤はスマホをテーブルへ置くと、背負ってきたリュックから、歯ブラシを取り出した。 彼はここへ泊りに来るとき、いつも歯ブラシと竹製の耳かきを持参してくる。

「シャワー、いい?」

「あいよ」 と返事をしつつ、神崎は自身の脇を嗅ぐ。 うん、匂わない、とは思うが微妙なところだ。 汗はすっかり引いていて、面倒くささのほうが勝った。

「んっじゃ、お先に」


 神崎は、常盤のために腹かけのタオルケットを用意して、やっぱりシャワーくらい浴びてから寝ようと思った。

 手持ち無沙汰にスマホを取り、何もせずに放った。 頭の後ろで指を組み、ボーッと天井を見る。 

エアコンをつけているが、今は作動音がしていない。 最近購入した、目玉おやじのようなサーキュレーターがクリクリと動いて、リビングの空気をかき回している。


 常盤が風呂から出てくると、替わって神崎も風呂へ行った。 洗濯機はこの時間、回さないほうがいい。

 神崎は、胸元へ落ちていく水滴を茫洋と追いながら、薫子のことを思った。

 彼女の首が切れたのは、自分が男を蹴り飛ばしたからだ。 結果的に、そのまま連れ去られるより、断然、良かった。 だが、もっと深く切れていたならと思うと、今さらながらヒザに震えがくる。

「良かったあぁぁ」 大きく息を吐き出しながら、声にした。


 神崎が風呂場から出るタイミングで、常盤がインスタントコーヒーを淹れていた。

 二人はカウチソファで斜向かいに座り、コーヒーを飲む間、事件とは関係のない話をした。 三時ちょうどになった。

「ヒデって毎日、何時ごろに寝てんの?」

「六時ごろ、かなぁ。カーテンの隙間から朝日がさしてきて……。 だからまだ、全然眠たくないんだけど」

 昼夜逆転現象は、無就労民のあるあるだ。 神崎は本屋巡りがあるので、十時には起きるようにしているが、それも強制されたことではなく、自分ルールにしているだけだ。

 常盤は最近、フィギア制作販売を始めたようである。 もともと手先が器用で、美術部出身ということもある。 著作権問題をかわしながら、ほそぼそとやっていくようだ。


「ポリさん、また何か言ってくるかなぁ」 神崎は立ち上がって伸びをした。

「もう寝んの?」

「あぁそろそろ」 寝室へ向かった。

 常盤の定位置はカウチソファだ。 ベッド形態に変形させて、いつもてきとうに寝る。 今日のところはそのまま眠るのか、もう少し起きているのか……。



 いつ間にやら眠っていた神崎は、暗闇の中で揺すり起された。 ビクッと体を硬くする神崎の耳の傍で、

「さぐっちゃん、さぐっちゃん」 と常盤の呼ぶ声がする。

 その言い方でいっぺんに覚醒し、跳ね起きた。 常盤はスマホのライトで、自分の顔を照らした。 いつもの丸い顔に、緊急事態の色が浮かんでいる。

「大丈夫? 起きた?」

「ど、どうした?」 と神崎は聞き返した。

「こっち来て、静かに。 玄関から音がする」

 ええ? という口の形で、声にはしない。


 二人がリビングへ行くと、その物音はしていなかった。 それでも神崎は、常盤を一切疑わなかった。 呼吸までも止めて、必死で耳を澄ました。

 グッと腹に押しつけられた物がある。 何だ?と見ると靴だった。

 部屋に侵入された時点で、後ろの掃き出し窓から逃げようというのだろう。 常盤はすでにサンダルを履いていた。 神崎もそれに倣い、音に気をつけて降ろし、そっと履いた。

 次に手渡されたのは水鉄砲 (遊び半分撃退用)だ。


 玄関足元に埋め込まれた常夜灯の光量では、ドアノブのカギは見えづらかった。 かと言って、ソファより前に行く気がしない。

 闇の中で、常盤の呼吸が聞こえる。 神崎は目を凝らして、ドアを見つめた。

 そして、ハッと息を飲んだ。 二人同時だった。 カギがゆっくりと回っていくように見えた。 これは夢じゃない。

 向こうも、音を出さないように慎重に回しているのだと思う。 しかし、最後だけ、コトッと鳴った。

 ドアは、ゆっくりと開いていった。




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