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 共同廊下の蛍光灯の光が、開かれたドアの隙間から差し込んだ。

 こちらは、ソファの背からヒョッコリと頭を出しているというのに、侵入者らはまだこちらに気づいていないようだ。 この時間なら眠っていると決めつけているのか、そんなところにいるわけがない、と思い込んでいるのだろう。 薄闇の中では、動かないものには反応しないものだ。 そろりと侵入してくる。 その数が予想よりも多い。 二人目、三人目……四人はとてもじゃないが無理だ。

 二人とも恰好つけではないし、腕力に自信がないと認め合っている。 逃げるの一択。 逆にそれがいい。


 神崎は常盤の耳に囁いた。

「ヒデ、一、二の三で、後ろの窓から逃げるぜ。 そっちの銃も貸して」

 常盤には、それで通じる。 いや僕が残るよ、とはならないし、言い出しっぺが、がんばるのみ。

「カーテン、カギ、窓だね」

 そう。 カギがかかっているだけで、数秒遅れる。 その時間を、神崎が上手く稼がなければ捕まってしまうし、痛々しいことになってしまう。

 神崎は、この水鉄砲で薫子と遊んだ時のことを思い出した。 射程距離と水の飛び方を克明に覚えていた。 迷っている分だけこちらが不利になる。 部屋の灯りが点く前に実行だ。

「やろう。 一、二の三!」


 暗がりの中、ソファの後ろで立ち上がった男二人に、侵入者はびっくりしたにちがいない。 「うわっ!」 ひとりが声をあげた。

 神崎は二丁の水鉄砲を両脇に抱えて、連射した。

 唐辛子液が目に入れば、すぐにでも涙が止まらないようになるはずだが、なかなか当たらない。 それでも四人ともの顔にかかるように撃った。

 うちひとりが突進してきて、ガラスのローテーブルにスネを打ちつけた。 「ンガッ!」 と悲鳴があがった。

 部屋の間取りを正確に把握している神崎たちが、断然有利なのだ。

「さぐっちゃん!」 の声で、神崎はススッと後退しながら、最後に弾切れの水鉄砲を、暴漢めがけて投げつけた。 両脚ともすでに物干し場へ降りている。 駐車場と物干し場を(へだ)てている胸の高さほどの柵を乗り越えて、駐車場へ飛び出した。 常盤が転んでいた。


「ヒデ、大丈夫か?」

 常盤は片足首をクネったようだ。 三肢で体を起こして、片足でケンケンと飛ぶ。

 い、痛い……。 部屋の中からも 「痛ぇ!」 と悲鳴が聞こえた。 時間差攻撃のつもりではなかったのだが、目潰し液がやっと垂れてきたのか、手で目をこすったか……。 声からして、少なくとも二人以上に唐辛子爆弾がさく裂したようだ。

 残りの二人が、神崎たちを追って外へ出てきた。 棒でもあれば、柵を乗り越えようとしたところを突いてやるのだが……。


 そのとき、カメラのストロボが神崎たちの背後で複数回発光した。 遠藤さんだった。 彼女はもう一方の手で、動画を撮影していた。

 三人は視線を交えて、うなずき合った。

 それでも凶悪な(つら)をストロボの光に浮かび上がらせ、ひとりの暴漢が柵を乗り越えて向かってきた。 コマ送りのように動く光景に、ひとりの刑事がカットインしてきて、その暴漢をあっという間に首投げで這いつくばらせた。

 神崎は常盤に肩を貸し、数歩下がった。 遠藤さんも同じだけ後退して、撮影を続けている。

 刑事は暴漢を組み伏せたが、強力な抵抗にあっていた。 神崎と常盤が意を決して圧し掛かり、加勢した。

 刑事は 「ヨシ!」 と言った。

 新しく担当になった課の、後ろで立っていたほうの人……と、神崎はおぼろげに刑事の名を思い出していた。

 警察のサイレンが近くで鳴っていた。


     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 田中議員と建設会社の癒着問題がワイドショーを賑わせたのは、たったの一週間くらいだった。

 聞きなれた罪状に、世間の関心は低いのだ。 神崎が小さな物音で飛び起きないようになるのにも、同じくらいの時を要した。 遠藤さんから、精神科の受診を薦められたが、けっきょく神崎は行かなかった。


 今回の事件をまとめたレポートを、神崎の隣で薫子が読んでいる。 大変だったわね、と彼女は言わない。

「面白いことは、やっぱり夜中に起きるのね」

 神崎はがっくりと首を折り、何も答えなかった。

「また感謝状を貰ったんでしょう。 見せて」

「前とまったく同じ物が、二枚になっただけだぜ」

「賞金も?」

「おう。 何もでなかった」

「ケチよねえ」

 薫子は、神崎の肩にもたれかかった。 風呂上がりに肌が上気すると、彼女の首にはひと筋の赤い線が浮かぶ。 神崎は薫子の手からレポートを取り上げて、その首筋に顔をうずめていった。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 秋が極端に短い年というのが、数年に一度あるものだ。

 十月も終えようというのに、まだ暖かい日が続いていた。 それも夜が更けてくれば、だいぶ涼しくなっている。 花壇の縁でひっくり返っている若い女性を、このまま放置するのはいかがなものか、と思う。 感謝状二枚の男として、見過ごすことができなかった。


「お~い、大丈夫かぁ?」

 フ~ン、ヒヤヒヤ……。

 は、何だって? と顔を近づけると、女性の息はかなり酒くさい。 まぁそんなところだろう。 事件性はなさそうだ。

「救急車呼ぶかぁ?」

 救急車に反応して、女性は上体を自力で起こした。 周りをキョロキョロとしてから、やっと神崎を視界にとらえた。 そのままジッと観察して、突然フッと笑んだ。 どういう意味だ? また倒れようとしている。

「風邪ひくぜ」 の言葉に、女性は何とか上体を持ち直した。 両手をさし出してくる。 引っ張ってくれ、といっているようだ。

 立たせてやると、OLふうパンツルックの女性は、おぼつかない仕草でシャツのヨレを直し、尻を払った。 なかなかにムッチリとしたスタイルをしていた。 そうして歩き出すなり、すぐにヨロめいた。 神崎はとっさに腕をつかんで、女性を支えた。


「なぁ、あのジャケットも、アンタのじゃねぇの?」

 確かめるまでもなく、見るからにセット物だ。 そのジャケットを神崎が取って振りかえると、女性はまた寝ころんでいた。 ……神崎の口から深いため息が漏れ出た。


「あ、のマンション」

 女性は神崎におぶわれて、肩越しに腕を伸ばした。

 彼女が寝ていた花壇からは、目と鼻の先だった。 駅から歩いてきて、もうちょっとで家、というところで力尽きた感じか。 おぶっていると、この女性は耳元でフゥフゥとうるさい。

 マンションは瀟洒な造りでオートロックだった。

「カギは?」 と訊くと 「三〇六ぅふぅぅ」 と言う。 ということは、家族と同居か……。 神崎の頭から、邪念が吹き飛んだ。

 操作盤で部屋番号を押すと、応答ナシにエントランスのガラス扉が開いた。 もう、ここら辺で降ろしてもいいとは思った。 だが、苦労したぶん、この女性の家族から、ひと言くらい礼があってもいいはずだ。


 神崎は三階までエレベーターで上がり、六号室へ向かった。 探すまでもなく、玄関ドアをガバッと開いて待っている女性がいた。

 その女性は、神崎の背を見るなり怒鳴った。

「何やってんのよ、お姉ちゃん!」

 神崎がちょっと(かが)んで、背中から女性を降ろした。 「この人ね……」 と言いかけたが 「もぉ、しっかりしてよ」 と妹は神崎には目もくれない。

 姉は妹の肩を借り、部屋の中へ入っていった。

 神崎はどうしていいやもわからず、そのまま廊下に突っ立った。 玄関ドアが大きく開けてあるので、二人が奥のほうへ行く様子が見えていた。

 しばらくすると妹が一人で戻ってきて、ドアの取っ手に手をかけた。

「あのねぇ……」

 神崎が口を開いたとき、左の頬に強烈な平手を食らった。

「うちのお姉ちゃんは凄くお酒が弱いのに、あんなになるまで飲ませるなんて! アンタんとこの会社は、コンプライアンスとか何とかないの? 主任か課長か知らないけど、最低っ!」

 ドアは閉じられ、二か所で施錠する音がした。


 神崎は叩かれたほうの頬に手を添え、今出てきたばかりのマンションを振りかえった。 呆然としていた。 またレポート作成のネタとして、時刻を確認しようとして……、やめた。

 こんな日もあるさ、と思うしか慰めようがなかった。

 今夜は常盤の家で、お泊りの予定だった。 ずいぶん道草を食ったものだ。 さっきの花壇のところまで戻っていく。


 女性がいた花壇の手前まで来ると、どこか近くで電話が鳴っていた。 古い映画のテーマ曲だった。 音をたどると、もう一つ隣の花壇の傍からのようだ。

 こげ茶色のショルダーバッグは、すぐに見つかった。 音はその中から聞こえてくる。 おそらく、高い確率で先ほどの女性のバッグだろうと思った。

 神崎は拾いあげて、スマホを取り出した。 その一瞬で着信がとまってしまった。

 かかわらないほうがいい。 スマホを元に戻して元の場所へ置いておけばいい。 そう考えて、バッグを開くと、長財布も入っていた。


 今になって腹が立ってきた。

 だが、スマホもお金も貴重品だ。 失くしたときの焦燥感は心臓に悪い、と経験済みだった。

 先ほどのマンションには、立派な管理人カウンターがあったと記憶していた。 この時間、誰もいなかったが、あのカウンターの内側にでも置いておけば、明日には彼女へ届くだろう。

――俺も、つくづくお人良しだよな。

 そんなことを思っていたところへ、またかかってきた。 8コールの間、迷って電話に出た。

「それ、うちのお姉ちゃんのスマホなんだけど」

「お前の姉ちゃんが寝ていた花壇のところに、バッグごと落ちていたぜ」

「はあ? あぁさっきの人? すぐに返して……」

 神崎は通話を切った。 またすぐにかかってきたが、すぐに切った。


 神崎はマンション脇の暗がりへ入っていって、周囲を念入りに見回した。

 ズバッとズボンとパンツを下ろして、あの女のスマホで、自分の肛門を撮影した。

 撮れた画像を確認すると、ちぢれ毛をまばらにまとったお稲荷さんも半分写っていた。

――大サービスだぜ。 保存してロックした。

 あとで気づいて、そこはかとなく嫌ぁな気分になりやがれ。

 あの妹は自分の早とちりに気づいて、そうとう焦るだろうか? そして、姉ともども申し訳なさそうな顔を並べて、謝罪に訪れてくる。 きっとバームクーヘンを(たずさ)えて。

 あっ……あのバカ姉妹は、こっちの住所も名前も知らないはずだ。 これじゃぁ来るわけがない。  それどころか、姉のほうは何も覚えておらず、普段通りに起きて出社するだけ。 妹のほうは、尋ねられなければ、暴力を振るった事実を伏せるのではないだろうか。

 この苛立ちを解消するには、詫びろ詫びろ、とコチラから訴えるしかない。


 神崎は、ロングブレスをくり返して気を落ち着かせ、バッグへスマホをしまうなりマンションへ入っていった。 カウンターの前まで来ると、またスマホが鳴り出した。

「マンションの管理人カウンターに置いといてやるから、取りに下りてこい。 じゃあな」

「ち、ちょっと……」

 神崎は急いでマンションをあとにした。

                      ――了



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