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常盤がサンダル履きで、自転車に乗ってやって来た。 彼は頼まれていた弁当の他に、いろいろと買ってきていた。
「塀のところに、まだ何人か居るねえ」 常盤が靴を脱ぎながら言う。
「ここからも見えてるぜ。 しつこいんだよ、あいつら」
神崎は、食器棚から常盤の分のコップを出して、リビングへ持っていく。
「立ち入り禁止のロープとか、身分証明書の提示とかはなかったけど」
リビングにいた遠藤が 「こんばんは」 と挨拶をして、常盤は 「あっども」 と、首で挨拶をした。
「ロープは、神崎くんが警察から戻ってくる寸前まで、張ってあったわよ」
へえ、と神崎も反応する。
テーブルにコンビニ袋が置かれ、無就労民が二人して遠藤を見つめると、彼女はプッと噴いてから三千円をさし出した。 常盤が立て替えた弁当と飲み物代だ。
神崎は 「ウソウソ冗談」 と言い訳をしたが、彼女は 「この部屋の利用代も含めてよ。 それぐらい奢らせて」 と言う。 では遠慮なくと言いたいが、細かいことをいうと、部屋は神崎で差し入れは常盤なのだから、ちょっと面倒だ。
遠藤と常盤の自己紹介もそこそこに、遠藤のⅰPadで常盤の言うサイトを開いた。
たしかに今日の事件のことが、ニュースになっていた。 画像にモザイク処理を施してあるが、こういうのは近所の人が見れば丸わかりだ。 腹を刺されたはずの女性がピンピンしていて、車まで小走りだった、という情報も掲載されていた。 こちらにも顔にはモザイク。 どうみても薫子ではなく、遠藤だった。
「いいかげんなものね。 私、神崎くんの彼女にされちゃってるわ」
遠藤はチラッと、神崎の反応をうかがった。 べつに薫子と付き合っているわけではないことを説明するのがまた面倒になって、神崎はニヤリと返した。
「なぁ、さぐっちゃん。 刺されたのって、薫子さん?」 常盤が心配そうに割って入った。
常盤にも、最初から話さないといけないようだ。
彼へは、今わかっているすべてを話しておきたいが、遠藤がいる手前、田中議員のことは語れない。 ここらへんが、じつにもどかしかった。
ⅰPadは一旦閉じられ、替わりにテレビをつけて、バラエティー番組を観ながらの食事になった。 その番組にゲストとして出演していた芸能人の裏話を、遠藤が披露する。 その間は暗い気持ちから解放された。
遠藤と常盤は、換気扇の下で食後の一服。 リビングから見ると、ボソボソと話している姿に、二人が親密な関係に見える。
「じゃぁ、そろそろ戻るわね」
うん、と二人してうなずいた。 引き留めることもない。 遠藤がⅰPaⅾを手にして、何か言いたそうだったが、神崎はさっさと目をそらした。
そうして二人になると、常盤が言った。
「ストーカーの件のほうは、結局どうなったの?」
「それがよ、そこんとこポリさんに口止めされてんだわ。 どこから話したらいいか……」
神崎は、殺人事件のレポートの挿入図にあった田中邸のことを言い、ストーカーはどうやらその関係者らしいことを説明した。 そして密会のことと、警察がその相手方のことも把握していることを、あっちこっち脱線しながらしゃべった。 盗聴器の件で、常盤にも被害が及ぶ可能性があることは、電話で話した通りだ。
常盤が目を丸くして驚いている。 が、あれほど他人に話してはならないと約束したのに、とうとうしゃべってしまいましたね――。 と雪女のお話にもあるように、そういって常盤が、田代刑事に姿を変えることはなかった。
ひき逃げの件についても、常盤には話してきかせた。 浜田刑事が帰り際に言っていたことだ。
「そっちのほうは、週明けにも出頭してくるでしょう、身代わりの者がね。 あとはその身代わりが知らぬ存ぜぬで通す。 だいたいそんなパターンですよ。 向こうも抜かりなく準備しているでしょうし、そこから真の実行犯へたどり着くのは」
浜田刑事が、これはもうただの事故ではない、という認識でいてくれるだけで、神崎は満足だった。 神崎は顔の前で食い気味に手を振った。
「ちゃんと自転車を弁償してもらえるなら、それでかまわないです。 それに、しつこくしないほうが安全ってことですよね」
すまなそうにうなずく浜田刑事に、同情した。
現段階でのすべてを聞いて、常盤はちょっとの間、黙り込んだ。
「さっきの遠藤さん、なんか納得していない感じだったね」
「あの人も仕事なんだから、だいたいの予想はついてんじゃないの? 大事なのは、俺の口から雑誌記者に漏れないこと。 それだけさ」
「雑誌の記者ってさ、もっとグイグイ来るもんだって思ってたよ……。 それはさて置き、警察から発表があるまで、おとなしくしているしかないってことだよねぇ」
神崎と同じ考えに収束していった。
常盤がトイレから戻ってくるとき、流しに置いてあった水鉄砲を見つけた。 「なにコレ?」
立っていって見ると、緑色の半透明だった水鉄砲に、浅黒く汚い感じの色が沈着していた。
クスッと笑って神崎は説明した。
「昨日の晩、薫子が襲撃に備えて武器を作ろうってんでさ。 中身は唐辛子の目潰し液」
それで常盤も笑う。 「これで戦うのか……。 薫子さんは強いねえ」
神崎のスマホが震えた。どこかで聞いていたかのようなタイミングの薫子だった。
「探ぅ、首が……かゆいよぉ」
「そんなことで、いちいち電話してくんなよ」
相手が薫子だと知って、常盤はリビングへ行った。 水鉄砲は二つとも持ったままだ。
「今、ヒデが家に来ててさ。 ――おう、遠藤さんもさっきまで一緒にいて――あぁ、遠藤さんには話してないって。 何か勘づいてる感じだったけどな」
「いいなぁ、楽しいそうだねえ。 そっちへ私も行きたいなあ。 面白いことは、深夜に起きるんだよねえ」
おい、縁起でもねぇよ……。




