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田代はお茶で唇を湿らせてから、続きを話した。 神崎たちから訊かなくても、最初からその部分を話すつもりでいたようだ。
「空き巣のことと、アイドルのストーカーばりに神崎さんを見張っていたことは、ほぼ認めてしまっているようなものです。 黙秘だ何だと頭の回る奴ですが、やはりは素人。 黙っていても、ウソ発見器ばりの反応をみせます。 ただですね、ひき逃げと拉致未遂の件に関しては、まったく違った反応を見せるらしいのです。 一転して、それについては知らない、と声を荒げるのだとか。 あの男が起こったばかりの拉致未遂事件のこと知らないというのは、まぁ納得できますがね。 過激な手法で動いているのは、代議士と密会していた相手のほう……。 今の時点ではそう考えざるを得ません」
「相手というと?」
「それは……」 なあ、と田代は他三人の刑事を見回す。
多田刑事が代わって答えた。
「密会の相手は、こちらで把握しています。 ただ、向こうも直接手を下すわけはなく、危ない連中を使っていると考えられます」
浜田刑事が口をはさんだ。
「襲う理由がなくなった。 それなのに今日の拉致未遂です。 連携はおろか、両方が別々に動いているとしか思えない」
そう言われたところで、神崎はどうしていいやら、わからない。
過激なほうへ、勘違いですよ、と訴えに赴くしかないように思う。 屋敷の門の前で、拡声器を使って呼びかける自分を想像し、中から飛び出てきた強面連中に追いかけ回される自分に、フッと笑みを浮かべる。 まるで他人事のように感じられるのは、現実逃避に他ならなかった。
アパートの近くまで送ってくれた須賀刑事に礼を言い、神崎は覆面パトカーから降りた。 マスコミに囲まれることを警戒して、母屋へ。 裏から入る算段だ。
神崎は塀を乗り越え、ゴミ出し口の扉から母屋へ入り、台所へ行った。
絵梨子さんがインターホンを相手に 「知らない。 わからない。 まだ連絡がつかない」 と繰り返していた。 神崎の気配に振り向き、驚いた表情だ。
人差し指を口へ持っていってシーとやると、絵梨子さんはうなずいて 「だから、私もまったくわからないんですよ。 もぉ、警察にきいてください。 もう鳴らさないでくださいよ」 と言ってインターホンの電源じたいを切った。
「探さん!」
いや~、と神崎はひたいを指でつつく。 「なんか、襲われちゃってさ」
「お、女の人が刺されたって」
あぁ 「それ薫子」
彼女は胸にグサッと突き刺さった、という顔をする。
いやいや、と神崎は顔の前で手を振った。 「ぜーんぜん大丈夫。 かすり傷だった。 絆創膏みたいなやつで、ピッとくっ付けただけ」
絵梨子さんが、胸に手をやってフ~ッと息を漏らした。
「それで薫子ちゃんは?」
「一緒に病院から警察へ行って、いろいろ聴取されて、別々に送ってもらった感じ」
「そう。 私が買い物から帰ってきたら、家の前がワーワーなっていて、わけがわからない感じで、殺人事件だって、前の小早川さんの奥さんは騒いでいるし……」
あぁ、あの人ね。
「とにかく、俺も何にもわかんないし、警察からまた連絡があると思うけど」
てきとうなことを言っていると、神崎のスマホが鳴った。 絵梨子が大げさに飛びあがった。 薫子からの電話だった。
「うん……うん……そうか」 薫子のパパが、怒鳴り散らしている様子が目に浮かぶ。 「あぁ、こっちも、家のまわりは似たような感じ」 どうして薫子の素性がバレている? 「――薫子、家に今着いたってさ」
「ちょっと替わってよ、探さん」
絵梨子さんが薫子と話している間に、神崎は隣の部屋の窓から、そっと外を見た。 制服警官が取材陣を蹴散らしてくれているところだった。 須賀刑事から指示でもあったか。
「今夜くらいは部屋に戻らないほうがいいんじゃない?」 と言う絵梨子さんに逆らって、神崎は周囲が静かになってから、101号室へ戻った。 玄関扉の前で左右へ目をやりながら、ポケットから財布を抜き出す。 神崎は部屋のカギを財布に繋いでいる。 施錠を外して右側を見たとき、共同廊下の端に遠藤記者の姿があった。
どこに隠れていたんだか? アパート住民のふりでもしたか?
彼女は、何かあったのね? ね? と目をギラつかせて近づいてくる。 神崎は半分彼女のために扉を開いて待った。
靴を脱ぐなり 「ねえ、薫子さんは?」 どうしたの、と訊いてくる。
「あいつは別の車で家へ送ってもらってる。 ちょっと前に、家に着いたって連絡があったよ」
ふ~ん、のあとの静寂。 二人分のコーヒーを淹れ、ソファの定位置へ。 同時にコーヒーを飲む。
では本題、とでも言いそうな座り直す仕草をして、遠藤は 「何があったの? パトカーが何台も来て、えらい騒ぎだったわ」
それをどこらへんから見ていたのか……。
拉致未遂については、黙っていてもすぐに知れることなので、神崎は話し始めた。 話はショッピングモールから帰宅したときに、薫子の背後でワゴン車が停まったとこら辺から。 自分の活躍をちょっと大げさに言い、薫子のケガの程度をしゃべった。 それに遠藤は驚き、安堵した。
――田代刑事はすまなそうに、頭を掻きながら言った。
「我々が報道発表を行えば、神崎さんたちをどうこうしようとする気も、理由も失せるでしょう。 それまで、もうちょっと待ってもらいたい、というのが本音です」
今すぐ発表して市井の人の安全を確保するより、大物にお縄をかけたいと、本人を前にして言うのだ。
浜田、須賀、多田はグッとあごを引いて、神崎らを見つめた。
神崎たちは、この情報をマスコミにリークして逃げるという手もある。 それをしないでくれ、と頼まれているわけだ。
薫子がその意図を理解し、苦々しい表情で神崎を見た。 返答は委ねるってか……。
神崎が言い淀んでいると、浜田が口を開いた。
「もちろん、お二人には護衛をお付けしますよ」
その提案に安心したというより、四人の刑事の視線に屈服して、神崎は 「わかりました」 と返事をするしかなかった。




