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 警察署での事情聴取は、覚悟していたほど(わずらわ)しいものではなく、単に確認作業といった感じだった。 ケガ人の薫子に配慮してのことだろうと思ったが、のちに説明された内容で、警察の捜査がその段階にないだけ、だと気づかされた。


「こんな感じで、どうですか?」 女性警官が、スケッチブックを神崎のほうへ向けた。

 幾度か繰り返された確認作業の末、神崎は細かくうなずいた。 じっさいよく描けていると思う。 帽子とサングラスで、人相はまったくわからないが……。

 薫子にも見てもらうが、彼女は後ろからいきなりなので、さっぱりわからないと返事をした。

 会議室内に居るみなが順番に似顔絵を確認していった。 一様に小首を捻る仕草に、神崎は、もっとよく見とけよ、と責められているような気分になった。

 それでも、張り出したエラと、整形かと疑いたくなるような三角の鼻は特徴的だ。 何もないよりはマシというていどには、仕上がっている。

 それで、女性警官はお役御免だった。 スケッチブックを小脇抱えて退席していった。


 各々聴取が終わり、そろそろアパートまで送ってもらえるかと思ったときになって、やっと須賀刑事が戻ってきた。

「遅くなりました。 医師からは書面でいただいてきました」

 浜田は、(ろう)(ねぎら)いはしたが、その書類はいちいち確認しなかった。 反対に薫子の調書を須賀へ手渡し、須賀はそれを受けとって、サッと目を通してからファイルに加えた。

 浜田は背もたれにのけ反って、田代へ目配せする。

 田代がさっと動いて、今しがた女性警官が座っていた椅子に座った。 神崎の正面だ。


「捜査二課の田代です。 神崎さんには二、三、お伝えしたいことがあります。 一課から二課に担当が移ったことで、すでにお気づきかもしれませんが……」

 いや……何のことやら、だ。

 多田が 「警部、いちおう」 と横から進言した。

「おぉ、まぁそうだな」 と田代は頭を掻いた。

 読んだ小説には、警部ともなるとデスクワークが主な仕事になる、みたいなことが書かれていたが……っていうか、この人、警部だったのか、という顔を神崎はみせた。

「話をする前に、お二人ともスマホを出してもらえませんかね。 ボイスレコーダーみたいな物をお持ちなら、それも」

 途端に二人の表情が硬くなる。 それを受けて、田代はやや相好を崩して理由を述べた。


「この情報は、今の段階で外部に漏れると、非常にマズいわけです。 実害が出ているので、お二人には注意喚起の意味も込めてお教えしますが。 これがちょっと込み入った話でしてね」 困ったような顔をする。 「お二人は、雑誌の記者とも親しくされているようですから……」

 下調べはついているということか。 先のレポートにも、すでに目を通してあるのだろう。

「私たちだって、何でもかんでも喋ったりしないわ」

 そういう決めつけには、薫子が反応する。 神崎も一人のときは同じ反応を見せるだろうが、怒っている人が近くにいると、途端に冷めてしまう(たち)だ。

「おい、いちいち噛みつくなって」 と神崎。

「だって!」

 彼女は首が回らないので上半身ごと神崎へ向き、やがて自制して、正面に向き直ってプッと膨れた。

 田代が手の甲をみせて上下に揺らす。 まぁまぁ抑えて、という仕草だ。


「ところで」 と田代は自分に注目させ、ひとつ空咳をする。 「国会議員の田中博武(ひろむ)代議士をご存じですか?」

 は? ここでなぜ国会議員が出てくる? とそういう顔を薫子とともに見せると、田代と多田はうなずき合った。

「神崎さんは殺人事件の例のレポートに、犯人逃亡の経路の絵が欲しいと考え、翌日の昼間にあらためて、ルートや建物の写真を撮って回ったそうですね。 間違いありませんか?」

 薫子は神崎の顔を横目で見ている。 神崎はピンときて目線をあげた。

「あの犯人が、立小便をしていたでっかい家?」

「そうです。 あの邸宅は田中代議士の生家、実家なわけですよ。 本当にご存じなかったのですか?」

「いや、地元ですから。 でも、あぁそう言われればそうだったっけ、くらいの認識です」

 街のあちこちに貼ってある政党のポスターで、田中議員の顔は思い出した。 だが、話の先は見えてこない。

「まさに昼すぎのその時間、あの建物の中で、国会議員として好まざる人物との密会が開かれていたわけです」

 神崎はハッとした。 それを知っているということは、もっと早くから、あの家が警察にマークされていたってことにならないか?

「そ、それを俺が探っていた、と勘違いされたってことですか?」

 田代は、うなずきで肯定した。

「ちなみに、昨日の朝に救急車で運ばれた男、本人の口から田中代議士との関係は明かしていません。 が、こちらで奴の経歴を調べたところ、すぐにわかりました。 やはり古くから付き合いがあったようです。 私設秘書として、名目上だけですが、雇われていた時期もあり、いくら奴がしらばっくれたところで、時間の無駄というものです。 そして、現在でも付き合いはあると、我々はみています」


 襲われた理由が、あまりにあっさりと知れた。 が、まだ何かしっくりとこない。

「神崎さんの部屋へ侵入して盗聴器を仕掛け、ノートPCを盗み出した。 持ち帰ったPCの中身を調べてみると、代議士とはまったく関係のない殺人事件で動いていたということが、彼らにもわかったわけです」

 そこだ、と神崎は薫子を見た。 彼女も同じことに気づいたような顔つきだった。

「だったら、それで疑いは晴れたんじゃないんですか?」 と薫子。

「襲われる理由はなくなったはずだよな」 と神崎も彼女に同調する。

「証言はとれていなことを前提にお話ししますと――PCからは他にも、やけに生々しいレポートが見つかったのでしょう。 神崎とはいったいどういった人物なのか? この先、手前のところへも、興味を抱く可能性はあるのか? そう考えたんじゃないでしょうか。 そうして、もうしばらく行動確認をということで、あの男は神崎さんを見張っていたと思われます」

 違う。 知りたいのはそこじゃない……。





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