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総合病院の相談室から、先に出てきたのは神崎。 急速に脱力して、一番近くにあったベンチにへたり込んだ。 それから少し遅れて、薫子も同部屋から出てきた。 相談室内へぎこちなくお辞儀をして、神崎の横までやって来ると隣へ腰を下ろした。 彼女は裸女の両親からいただいたばかりのジャージを着ている。 神崎が急ぎ用意した物だ。
「あぁ生きてたわ~。 探、ありがとねえ」
いつものように 「おう、感謝しろよ」 などと軽口を叩けないのは、彼女を巻き込んでしまったという自責の念があるからだ。 何とか体裁を保ちたく言葉を選ぶうち、
「何なのアイツら。 ほんと頭にくるわ」 と彼女が怒りだしたので、タイミングを逃してしまっていた。
今回のことで、どことなく楽しんでいた探偵ごっこの様相が、一変したと言える。 もう非力な一般市民が太刀打ちできるレベルではなくなったのだ。
薫子の首は、ものものしいコルセットに覆われている。 傷じたいは医療用テープが貼ってあるだけだという。 それでも、首を曲げると傷口が開くおそれがあるので、コルセットで首を固定しているというわけだ。
神崎は、彼女の面の皮の厚さを知っていたが、首の皮まで厚かったことを初めて知った。 ただ、彼女はプリプリと怒ってはいるが、表情はいまだビビり顔だった。 首を切られる経験なんて初めてだろうから。
「なぁ本当に黙っていていいのかよ? あっコーヒー飲める?」
「うん、大丈夫。 買いに行こう」
二人はベンチから立ち上がって、下の売店へ向かう。
「探だって、そのほうがいいんじゃないの?」
そこは何とも言えない。 心を見透かされたようで黙り込んだ。
あの会社の社長、つまりは薫子の父親と、こんなときに会いたい人なんていないだろう。 大事な娘に近づくニートの輩。 神崎に対する社長の認識なんて、どうせそんなものだ。 どのみち、薫子が家に帰れば親バレするし、明日出勤すれば、他の社員から、根掘り葉掘り訊かれるはずだが。 加えてテレビや新聞がスルーしてくれるわけもなく……。
「でもなぁ」
社長にゴチーンとやられるくらいのつもりではいる……。 それは覚悟というものでないかもしれない。 嫌なことは、さっさと終わらせたいという気持ちだったか。
「私がいいって言ってんだから、いいの」
薫子は神埼を見ない。 首が固定されているから、というだけではないような気がした。
彼女が強くそう言うので仕方なく、というのは卑怯だろうか?
エレベーター乗り場まで行くと、L字のソファに座っていた浜田刑事が、真っ先に腰をあげた。 盗聴器の一件で一緒だった須賀という刑事もいた。 それと……。
初顔の二人は、ストーカー事件を引き継いだ課の刑事、だと紹介された。 浜田刑事よりだいぶ年上に見える田代と、神崎たちと同年代くらいに見える、多田、だそうだ。
浜田刑事が四人を代表して、薫子の容態を尋ねた。 帰宅できるレベルだと知るなり、刑事たちはおざなりの安堵を漏らした。 そして、彼女に気を遣いながらも、これから話を聞かせてほしいと言った。 二人に断れる理由もなく、薫子は浜田が、神崎は両方からだと。
そうすると、警察小説も好きなジャンルであった神崎は、当然の成り行きだと受け入れたが、彼女はそうではないらしい。 別々に聴取というところに、なぜか薫子が反発をみせた。
それで、刑事たちの説得が始まると思いきや、浜田と田代がゴニョゴニョと相談しただけで、浜田がこちらに向かって柔和な表情でうなずいた。
「それでは二人同時に話をきかせてください。 署のほうで部屋を取ります。 これでいいですか?」
神崎と薫子が視線を交わした。 二人して、はぁまぁと了承した。
相談室へ呼ばれるまで、神崎は浜田にだいたいのことを話してあったし、今さらという感じはあったが、小説でも警察というのはそういうものだ、と納得している。
須賀刑事だけが、医者から直接話を訊くために残り、他はそろってエレベーターに乗った。 気まずい空気が充満したカゴ室内では、みな無言で階数ランプを見上げる。 病院から出たところで、報道カメラにさらされることを想定して、神崎は目ヤニを気にして、髪を手櫛で梳いた。
一階の待合フロアは混雑していたが、囲まれるようなことはなかった。 棟を出た所も静かなもので、安堵しつつも、いささか拍子抜けの感がある。 多田刑事が 「車を回してきます」 と言って走り去った。
ほどなくなくしてやって来たのは、黒の国産セダン。 五人で乗り込むと、サイレンは鳴らさずすぐに発進した。 車内の沈黙に堪えかねたわけではないが、神崎は電話でも告げたワゴン車はみつかったのかと尋ねた。
逡巡するような間があって、浜田が答えた。
「すぐにナンバーを照会しましたが、例の天ぷらナンバーというやつでしたね。 数日前にナンバープレートだけを盗まれていました」
神崎はう~んと唸ってはみるものの、とくに考えていることはないし、意見もない。 タバコ臭い車は、およそ十分で署に到着した。
二人が丁重に通されたところは、小規模な会議室だった。
通路を行くうち、脳裏に裸女を保護したときのような取調室を思い浮かべたが、まったく違っていた。 病院で飲みそこねたコーヒーも出てきた。
薫子は、浜田からの質問に答えていく形で、被害届を作成。
制服を着た女性警官がやって来て、神崎から犯人の特徴を訊きながら、こちらは似顔絵を作成する。 薫子の要望を叶えつつ、バラバラに聴取が進んだ。
その間、田代と多田は交代で部屋から出たり入ったりして、室内では何も発言しなかった。




