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 ちゃんと働いている薫子にとって、休日とは貴重なものらしい。 イベントを一つクリアして、何も起こらなくなった部屋で、のんべんだらりと過ごすのは我慢がならない、と。

 もうすぐ十月になろうというのに、外気温は三十度を超えていた。 彼女の趣味がエアコンのもとで読書なら楽なのに、と神崎は思う。


 二人が出かけるというので、遠藤も部屋から出ることになった。 神崎は合い鍵を一時(いっとき)預けるくらいには遠藤のことを信用しているのだが、彼女はそういうふうに考えないようだ。

「探の自転車でも見に行こうよお」

「絶対要るもんだけど、今月はパソコンを買ったからなぁ。 それに、ひき逃げ犯が捕まったら弁償してくれるかもしれないしさ」

「そんなのいつの話よ。 んで、警察から連絡は?」

「今んとこないけど……」

 遠藤が 「どこへでも送ってあげわよ」 というので、それに甘えた。

 車で送ってもらったのは、駅裏のショッピングモールだ。 遠藤とはそこで別れて、神崎と薫子はデートっぽいことをし始める。


 日曜大工センターの隅に自転車を扱っているブースもあって、話の流れから立ち寄ることになった。 どれもこれも欲しい。 そして買わない。 それから服、本、文房具、喫茶店を練りあるいているうちに三時間が経過していた。

 神崎の傍らには、あってもなくていいようなクッション。 それを小脇に抱えて、席を立った。

「ねぇ、みっちゃんとこ寄ってく?」

 ここからパソコン製作を依頼している伊東パーソナルは近い。 が、だからといって、今から様子を見に行くというのは、なんだか作業を急かすようで申し訳ない。

「いいや、どうせまだだろう。 もう帰ろうぜ」

 薫子の反応は薄い。 どっちでもいいけど、といったふうにうなずいた。


 二人がショッピングモールから出ると、濡れたアスファルトから、ムワッと熱気があがってきた。

「あれ? 降ったんだ」

 サクッと夕立があったようだ。 神崎ももちろん知らなった。 幾分涼しくなっているはずだが、エアコンのきいたところから出てきたので、やはりげっそりする。 しかも帰りは歩きだ。 偶然、遠藤が車で通りかかることなんてないだろう。

 徒歩だと駅の中を通り抜けできるので、道のりとしては近くなる。 薫子は電車で来たと言っていたから、今日はそこでさようならか……。

 ところが、薫子は電車に乗らなかった。

「中途半端な時間なのよねえ」

 チラッと視線を向けた先に、薫子の挑むような目があった。 間違いない。 彼女はどこでスイッチが入ったのか、ムラムラしている。

「んじゃ、一旦うち来るか? 車で送ってくけど」

「う~ん……そうする」

 神崎が購入させられたクッションを右手に持ち替え、薫子が開いた左腕に腕を絡めてくる。 しかし、二人ともに汗ばんできていて、その腕は自然とほどかれた。 家までの距離と外気温がエロいテンション保持を阻害する。


 神崎は、彼女のとりとめのない話に相槌を打ちながら、部屋の空気が煮えたぎっていてはマズいとか、シャワーを浴びている間に何とかなるか? などと考えていた。

 そこでスマホが鳴り出し、神崎は浜田という表示を確認してから、ぶっきらぼうに応答した。

 浜田刑事は、捜査二課が引き継ぐことになりました、とか何とか言っていたが、よくわからないし、今はそれどころではない。

「あの刑事さん? 何だって?」

「担当者が替わるんだってさ。 警察のことはよくわかんねぇな」

「ふ~ん。 ひき逃げ犯を捕まえたとかじゃないんだ」

「そんなことは言ってなかったぞ。 まだなんだろう」

 う~ん、と薫子が首をひねって歩みを止めた。

 素人が何を推理しようと、ほいほい進展するような事件ではないだが……という意味のことを、彼女がヘソを曲げないような表現方法で言おう。

 ヨシと神崎が振りかえったところ、彼女の後ろで白のワゴン車が急停車した。 後部スライドドアが勢いよく開いて、中からナイフを手にした男がヌッと現われた。

 咄嗟に神崎は動いていて、買ったばかりのクッションを男の顔に押し当てた。

「動くな! おとなしくモガッ……」

 男が言い終える前に、神崎は薫子を抱きかかえていた。 男の胸あたりを蹴って、男を車へ蹴り戻していた。

 男は尻もちをついたが、すぐに立ち上がって車へ飛び乗った。 ワゴン車が急発進した。


 神崎は薫子を抱いたまま支えられずに尻もちをついた。 自分でどう動いたのかわかっていなくて、背中あたりがワナワナと震えた。

「……さ、ぐる」

 自分の胸元で彼女の声がして、神崎はようやく薫子を離した。

 微細に震える手に、ぬるっとした感触がする。

 煮えたアスファルトに、アヒル座りの彼女の首から血が垂れていた。 その血が彼女のシャツの胸あたりまでを濡らしていた。

 薫子が首に手のひらをあてがい、口をパクパクとさせる。 神崎がその手に自分の手を重ねた。

「クソッ!」 神崎は、さっきかかってきたばかりの電話番号へ折り返した。





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