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神崎 薫子から食事の誘いを受けたのは、翌々日の二十一時少し前だった。 薫子はいつも突然で、しかも彼女の勤めている会社の同僚など、神崎探と全然関係のない人との飲み会の場に呼びつける。 おかげで神崎は、その会社の社員とも、すっかり顔なじみになってしまった。
「よぉ久しぶり。 まだ無職?」 と声をかけられても、ムッとしなくなったのは、いつ頃からだったろう……。 苗字が同じなので、神崎のことを、薫子の親戚か何かだと勘違いしている人も、複数名いるらしい。
とにかく、部外者を同席させるという非常識がまかり通るのも、彼女の父親がこの会社の社長であるからだ。
その会社御用達の居酒屋が職場のすぐ傍にある。 神崎のアパートから、ひと駅という場所だ。
しかし、今夜はそこではなくて、神崎アパ-トの最寄り駅近くにある、中華レストランビルの屋上に呼び出された。 期間限定のビアガーデンだった。
薫子がいるテーブルを探し、背後に立って 「来たけど」 と声をかけた。
「おっそーい」 目の周りを赤く染めた薫子は、神崎を確認せずに立ち上がった。
「いや、急いだけど」 という神崎に、飲みかけのジョッキを押しつけた。
これを飲めというのか……飲みほしたけど。
一応、社長の姿を周囲に探す。 睨まれていたら、そっこうで逃げるつもりだ。
飲み会はすでに終了間際だった。
晩飯を済ませていたので、腹は減っていない。 お金を払うつもりもないので、元を取るためにビールにがっつく必要もない。
薫子は、息を切らしてやってきた神崎を、座らせもしなかった。
ヨロけるように神崎の腕にからみついて、出入り口へと引っ張っていった。 背後でオッサン連中の声がきこえたので、神崎は振り返って、手だけ振った。
いったい何のために呼びつけられたのかという疑問を抱きながら、階段で一階分下りた。 そこからエレベーターに乗る。 扉が閉まると、薫子が息を噴き上げた。
「あぁ怠い。 ビールばっか飲んでらんないわ。 探の部屋へ行こう」
「べつにいいけど。 なんにも言わずに、抜け出していいのかよ」
「もう終わりかけだったし、あたしが途中で抜けるのは、いつものことじゃない」
徒歩でも十分くらいなのに、タクシーを捕まえろだの、おんぶしろだの、と薫子は隣でうるさい。 これで大して酔っていないのだから、もともとからして迷惑な女だ。 神崎の肩くらいの高さで、彼女の頭が、ユラユラと揺れている。 高校のときから変わっていない。
二人は高校で出合い、クラス替えの分岐点を突破して、ずっと同じクラスだった。
お互いに最初から馬が合うように感じていたが、恋人へ昇格したのは、高校三年生の最終盤。 大学受験が終わってから付き合い始めて、たった三ヶ月で別れた。
付き合ってみたら、何かが違ったという感じではなかった。 大学生の薫子と、浪人生の神崎は、自然な感じですれちがったのだ。
薫子は部屋に到着するなり、フラフラと奥の部屋まで行って、ベッドへ倒れ込んだ。
神崎は水道水を汲んで持っていった。 声をかけたが、彼女はうつ伏せのまま身動きひとつしないので、自分で飲んで、引き戸を閉じた。 三時間くらいすれば、勝手に自分で起きてくるので、そっとしておく。
神崎は、自分の分のコーヒーを淹れて、ノートPCを起動した。
せどりの依頼を、いくつかピックアップしてプリントアウトする。 それと同時にスマホへも転送しておく。
ダウンロードしておいたカンフー映画を観ている最中に、耳からヘッドホンをむしり取られて、びっくりした。
「シャワー浴びたい」
「勝手に使えよ。 着替えは?」
(夜十時以降の洗濯は、ひかえましょう!)
このアパートの掲示板に貼ってある注意事項だ。 大家さん自らがルールを破ってはいけない。
「探のジャージでいい」
こんな会話もいつものことだ。 だいたい彼女は、ちゃんと洗って返しに来るのでモウマンタイだ。




