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神崎にしてはだが、今夜はよく歩いた。
せっかく買ってきたカップ麺よりも、ベタつく肌が気になった。 このままベッドへは入りたくない。
面倒だと思いながらもサッとシャワーを浴びて、ぞんざいに髪を拭きながら、ノートPCの前に座った。
つまらないことをしたものだ、というのがこの時点での感想だった。 脚に疲労が出ている。 けして心地いい疲労感ではなかった。 だが、やろうと思ったことは最後までやろう、と思う自分もいる。 男を尾行した記録をまとめるのだ。 もちろん、やめたところで誰からも怒られない。 損をした気分はするかもしれない……。 いや、やっぱり今夜のところはここまでにするか。
考えを二転、三転させて、けっきょく神崎はベッドへ移動した。
日頃の神崎は目覚まし時計要らずで、だいたい十時頃に目が覚める。
昨夜の疲れが出て深く眠り、この季節の室温のせいで寝ていられなくなり……結局は+-0で十時ちょうどに目が覚めた。 なにか夢を見ていたような気がするが思い出せなかった。
洗顔ついでに、水道水で腹を満たした。
ノートPCと扇風機を同時に起動させ、昨夜の尾行記録の作成開始だ。
書式にこだわる必要はなかったが、あとで見てわかりやすいのは、やはり報告書のような形態だと思う。 神崎の指が、寝起きとは思えないしなやかさで、キーボードの上を滑り始めた。
インスタントコーヒーを淹れて、戻ってくるときに見たPC画面は、なんとなく華やかさがたりない感じがした。
「あいつが出てきたアパートと、帰宅したマンションの画像はあったほうがいいな」
コーヒーを一口飲んでテーブルに置くと、さっそく地図を検索する。 ストリートビューにして、画像をいただこうとしたのだが、気に入った構図に調整できなかった。 不動産屋の物件情報で検索して、その点を解決した。
さて、そこまですると、男が帰宅したマンション横の、プランター周辺の画像が欲しくなってきた。 途中経路風景、電柱のプレート……。 いくらでも欲は膨らむのだ。
神崎には、こういうのを見て、一緒に笑ってくれる友人がいる。
その彼女からツッコまれそうなことを想像すると、たりないものが見えてくるようだった。
今しか書けない、昨夜の心情などを盛り込み出せば、際限がなくなってしまうだろう。 どんどん凝った仕上がりになっていって、結果、不細工な報告書ができあがってしまうのだろう。
神崎はコーヒーを飲みほして、マグカップを流しへ運んだ。
ハーフパンツに脚を通し、デニムのシャツを羽織って、肩掛けのポーチを巻いた。 デジカメをそこへ落とし込む。 洗面台の鏡をのぞくと、髪型が面白いことになっていた。
自転車のカギを取って部屋から出ると、ちょうど継母が庭木に水をやっていた。 色白の肌を紫外線から守るための完全防備だ。
「探さん、お出かけ? 帽子は? 熱中症になるわよ」
神崎は 「お早う」 とだけ言って、肩越しに片手を振った。 彼女は何か言ったようだったが、神崎の耳までは届かなかった。
階段下のスペースが自転車置き場になっていて、そこから引っ張り出したママチャリで出発した。
コンビニまで行く必要はない。 逆ルートでもいいし、男が飛び出してきたアパートからでいい。 小便の田中、もとい、べつに田中さんが小便をしたわけではないが、田中邸の塀の画像は押さえておきたかった。




