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 神崎は、親の所有するアパートの一〇一号室で、独り暮らしをしていた。 一人暮らしといっても、両親の暮らす母屋は隣だ。 母屋のカギは持っているので、実家のタンスから金を盗むことは容易いが、それをやったらお終いだと思っていて、代わりに米を盗むことがしばしば。

 築二十五年で二階建て八戸。 他の住民からは、管理人さんなどと呼ばれている。 が、それらしいことはしていない。 ついでに定職にも就いていない。

 (もっぱ)ら、本に限らない転売で利ざやを稼いでいる。 意外とそれがうまくいっていた。 今のところはだが……。 履歴書の職業歴欄に (せどり) と書く日が訪れるのかどうか、は成り行きまかせだ。

「健康なのに三十にもなって無職って。 (さぐる)さん、ちょっとは将来のことも考えたらどお?」

 実際はもう三十二歳になっているし、親父とは目も合わさないし、継母があまり強く言ってこないことにあぐらをかいている、と自覚はあるのだが……。


 ある夜、ふとノートPCの右下を見れば、一時十一分。

 一が並んだからといって、とくに何もない。 小腹が減っているようでそうでもないようで。 書きかけの小説データを保存し、ノートPCをスリープにした。

 丸フレームの眼鏡を右ての小さなテーブルへ投げ、ワシ鼻ぎみの鼻梁を揉み揉み。 椅子から立ち上がるとキッチンへ行って、上の棚を開いた。 カップ麺の買い置きが切れていることにがっかりした。 冷蔵庫には飲み物しか入っていないと記憶しているが、とりあえずのぞいてみる。 自分の記憶が正しいことが証明された。

「コンビニくらいしか開いてないんだよな」

 二十四時間スーパーはここから車でニ十分、コンビニなら徒歩十分。

 神崎はスマホとエコバッグを持って外に出た。


 一〇一号室に施錠をした。 すでに母屋の玄関灯は消えている。 遠くに救急車のサイレンが鳴っていた。 星がきれいだった。

 イチョウ並木の大通りに出て、歩道を行った。 こんな時刻でもポツポツと通行人がいる。 緑を仰ぎながら、といいたいところだが、深夜にそんな気は起こらなかった。 風が吹くたびに陰口をたたくような(ざわ)めきと、地面で揺らぐ影が不気味なくらいだ。

 途中の自販機の傍で、十代と思しき男女が複数名。 神崎の内に嫉妬にも似た感情が湧いてくる。 その者らの前を通りすぎることに何となく気が引け、ちょうど青になった横断歩道を渡った。 日頃の運動不足を思い、もうひとつ遠いほうのコンビニへ行ってみるか。

 そこへは片道ニ十分強。 ゆっくりと歩けば、向う脛も痛くならないはず。

 大通りから一本外れただけで、誰も歩いていなかった。


 コンビニに到着して、神崎はなぜだかホッとした。 目的はカップ麺だけなのに、雑誌のコーナーから回った。 レジで足首をクネクネ。 ジョギングしている人のようだ。 電子マネーで決済して、さっさとコンビニを出た。

「一時三十ニ分か。 ゆっくり歩いたつもりなのにな」

 好調を意識したせいで、帰りはまた別の道を行こうと思った。 子供時分を思い出して、通ったことのない道を、とまでは考えていない。 右下に河川のせせらぎを聞きながら、家までの直線を外れて歩き出した。


 へえ……。

 田んぼだったところが、いつの間にか住宅地に変わっていた。 スクールゾーンだの車両通り抜け禁止などと、あちこちに書いてある。

 神崎は頭に地図を思い描きながら、その区画内に足を踏み入れた。

 歩道が広い。 アスファルトがまだ黒々としている。 真新しい家が整然と建ち並んでいる。 

 継母がおかずを一品持ってきて、居座りついでに話していた。

「ねぇねぇ探さん、この辺の地価が上がってるらしいわよ。 全国的に下がっているのにね。 こないだも不動産屋さんが来て、ここの土地を売ってくれって、しつこいの」

「ふ~ん」

「価値が上がるのはいいんだけど、その分、税金ってどうなるのかしら?」

「さぁね」

 国保と年金と自動車税を、アパート賃料から出してもらっている身だ。 固定資産税まで頭が回らない。

 そんな話題になった切っ掛けが、どうにも思い出せない。


 神崎はキョロキョロしながら歩いた。 巡回中のパトカーが通れば、職質を受けるにちがいない。 新たな発見はさほど多くなく区画は終点をつげた。

「おぉ、ここに出るのか」

 朝の通勤時には、さぞかし通り抜けも多いことだろうと、ひとりで納得した。

 一度屈伸して、エコバッグを持ち替えた。

 そのとき、斜め前方に見える二階建てのアパートから、男が出てきた。 どの部屋から出てきたのかは、わからなかった。 道路側にある唯一の階段より、もっと手前から出てきたような感じだったので、おそらく一階か、もしくは部屋ではなく敷地内から出てきただけか、と思った。

 神崎は久しぶりに人を見たような感覚をおぼえ、その男の慌てたような様子に興味をひかれた。

 こんな時間から出勤、しかも遅刻しそうだとか?

 郷里に残した肉親に不幸があったとか?

 男はアパートから飛び出してきて、左右を確認するような仕草をしていたが、神崎のほうへは目を向けなかった。 男が歩き出した方向は、神崎の帰る方角と同じだった。

 ハッと思いついて、スマホを見る。 一時四十六分――

 趣味の執筆のネタになりそうだ。  追跡開始といこうか。





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