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 左手にさげたエコバッグが、電柱にあたってガサッと鳴った。

 バッグの中身はカップ麺。 六つも入っていれば、膨らむし、かさ張る。

 神崎 探(かんざき さぐる)は、シマッタと片目を眇めて、電柱の陰に身を隠した。

 息を止め、そっと顔を出して前を行く男をうかがった。 (さいわ)い、男に気付いた様子はなかった。 そこそこ距離を取っていたので聞こえなかったようだ。


 だが、比較的明るい夜だ。 しかもこの電柱には街灯が付いている。 それに照らし出されている神崎は、男が振りかえっただけで見つかってしまいそうだった。

 いや、動くものは目にとらわれるも、静止物ならば……と思う。 電柱から顔半分。 男がもう少し離れるまで、ジッと目で追いながら動かないでいた。

「一時五十八分。電柱番号○○」

 歩き出すと同時に、スマホのボイスレコーダーアプリで録音した。 男が角を曲がって見えなくなったので、神崎はその角まで急いだ。


 Tシャツにサルエルパンツと軽装ながら、今夜の空気は粘っこい。 額にじっとりと浮く汗を、シャツを腹からまくって(ぬぐ)った。

 住宅がひしめき、車がなんとかすれちがえるくらいの路地を、男は選んで歩いているように感じた。 ふいに男が振りかえるものだから、こんな路地なら、なおさら距離を取らなければいけなかった。

 男が立ち止まった。 今までになく周囲を見渡している。 尾行に気づいたふうではないにせよ、こちらの視線を感じた?

 否、あの壁に向かう恰好、やがて上下する。

「クソッ……小便かよ。 しかも人ん家の玄関横でするか普通」

 クソと言いつつ小便。 なんだかおかしくなって、フッと笑む。 立ち止まってくれたおかげで、男の身長が、そこの塀と同じくらいだとわかった。

 男が歩き出してから、だいぶ間をおいて、その放尿現場まで行った。 立派なお宅の立派な塀だ。 金属プレートに番地と名が(きざ)んである。 神崎の靴先を男の小便が追ってくる。 ビールをしこたま飲んだときの悪臭が、神崎の顔まで立ち上ってきた。

「二時七分。 二の五、田中邸の玄関わきに小便。 アルコール臭あり。 塀と身長が同じくらい」

 友人の家で楽しく飲んで寝ちまった。 ハッ、明日も仕事だ、早く帰ろうってパターンか……面白くもなんともない。

 止めていた呼吸を再開して、ふと見ると男の姿が見えなくなっていた。 どっちへ曲がったかはちゃんと見ていた。 神崎は先を急いだ。


 やがて男は年季の入ったマンションの前に立った。

 三階建て、三十戸。 両端と中央に階段がある。 右手にはこのマンションの駐車場。 満車のようだ。

 神崎はこのマンションに馴染みがなかったが、ここにこういうマンションがあったことくらいは知っていた。 男は向かって左端の階段から上がっていった。

 神崎がスマホで時刻を確認しようとしたとき、男は戻ってきた。 十秒と経っていない。 なにか忘れものだろうか? 見ていると、男は建物の横手へ消えていった。

 もう少し近づいて、男が見えるところまで移動する。 簡素な屋根付きの自転車置き場だった。 自転車で移動されては、追えなくなってしまう。

 しかし、男の目的は自転車ではなく、敷地内ぎりぎりに並べてあるプランターのようだ。 一番奥……うぅよく見えない。 奥から二番目くらいだろうか、のプランターの前で男はしゃがみこんでいた。 吐いている、のか?


 そこでおよそ三分。 やっと戻ってきて、先ほどの階段で上がっていった。

「二時十六分。 二階の左から二番目の部屋。 二〇二号室、いぃや、二〇八かもしれないので要確認」

 男が自らでドアを開け、入っていったことを記録した。 今夜はもう出かけないのだろう。 そんな気がした。

 神崎は肩の力を抜いて、マンションへ近づいた。

(コーポ藤田原) ……そんな名前だったのか。

 入居希望者の連絡先案内の看板を写メったが、あまり写りがよくなかった。

 神崎は長く息をはいた。

「お、し、まいっと」

 独り言ち、駐車場の端に置いたエコバッグを忘れずに拾って、家路についた。





これ続くのか?

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