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 神崎が小説のプロットを書いていたところへ、薫子が電話をかけてきた。 用向きは、その後パソコンがどうなったのかということだが、彼女は早くとも、あと十日くらいはかかることを知っているはずだから、本当は暇なだけだろう。

 ちょうど彼女の興味を引くネタはある。

 少々もったいぶってその一端を話すだけで、案の定、薫子は 「今からそっちへ行く」 と言って、通話を一方的に切った。

 晩ごはんのおかずになりそうなものを買ってきてくれ、という隙がなかったので、かけ直した。 彼女はもう応答しなかった。 すでに運転中か……。


 それから一時間が過ぎたころ、さすがに遅いと感じた神崎は心配になってきて、もう一度電話をかけた。 今度は繋がった。

「もうすぐ着くよ。 ご飯ある? ……そう、やっぱりね。 お米二キロ買ったから、炊く準備しといて」 また一方的に切れた。


 ほどなくして、うごめくヘッドライトにカーテンを開くと、シルバーの軽自動車が、駐車場内でハンドルを切り返していた。

 その車は来客用の枠に停まって静かになった。 見知らぬ車だったので、このアパートの住人関係か、とカーテンを閉めようとしたとき、助手席から薫子らしき人影が降りてきた。 運転席から姿をあらわしたのは、遠藤記者らしき人だった。

 薫子が買ってきたのは無洗米だ。 念のために一回だけ洗って、五目御飯の素を入れて、炊飯器をセットする。 さて、買い物袋の中の食材は……。 神崎は包丁を振るいながら、二人が一緒だった理由を尋ねた。

 薫子の説明によると、彼女は電車で来たそうだ。 駅から歩いてきてアパートへ到着する寸前に、路地に停まっていた車の中から遠藤に声をかけられた、と。 張り込みなんて言葉を聞いてしまえば、薫子の触手が動き出すのは必然だった。 それなら、こんな道端に路駐するよりいい場所がある……ということになって、来客用のスペースに駐車したしだいだという。 アパートの駐車場を、勝手に使用されたからといって、とくに思うことはない。


 そして晩ごはんの話になり――

 最初は神崎と、どこかの店で食べるつもりでいた薫子だったが、いろいろ聞きたいこともあったのだろう。 彼女は提案した。 長丁場に備えて、ちゃんと食事をとろう。 それで遠藤の車で一緒に買い出しに出掛けて、今に至る。

「マジで見張ることにしたんだ……」 と神崎。 キッチンに立っている。

 遠藤は換気扇の下で、タバコの煙をくゆらせる。

「そう。 今、ちょうど手持ちの案件とかないから」

 夜中の張り込みを、女性が単独で? 会社が許可するとは思えない。 神崎はいぶかった。 彼女に何かあると寝覚めが悪くなるだろうから、帰ってほしいと思う反面、にぎやかにしてくれていると安心できるのも事実。 遠藤が、どのような雇用形態なのかわからないが、彼女もれっきとした大人なので、とやかく言わないでおいた。

 薫子は、リビングでポテトサラダをこねくり回していた。 盛大なため息を聞えよがしにしてから、言った。

「昨日のひき逃げがあって、今朝の事故ではケガ人が出た、ということは、今夜は死人が出るわね」

 神崎の包丁が一瞬止まって、また動き出した。 もちろん、冗談だろうが笑えない。

 横で遠藤がフッと笑んだ。 タバコをジュッと水につけて生ごみの袋へ落とすと、抑えた声できいた。

「ねえ、警察からは何にも?」

 神崎はうなずいた。 「な~んにも」

 隠し事はナシよ、と今度は遠藤が、神崎の顔をのぞき見る。 フウ……。

「浜田って人にこっちから電話して、進捗状況を聞くことはできないかしら」

「べつに、あの刑事と仲良くしているわけじゃないし、今朝も呼んだら嫌な顔をされたし。 どうせ何も教えてくれないって」

「……。 まぁそうかもね」

 彼女はそれだけで黙った。 神崎から(うと)まれるような、しつこさを発揮しないほうが、仕事上、無難と判断したか。


 ご飯が炊きあがるまでの間、薫子の買ってきた出来合いのカツオのたたきをつまむ。

 遠藤と薫子がよくしゃべるので、この部屋の主とかは関係なく、神崎はきき手に回らざるを得ない。

 神崎と薫子との関係は、もう薫子から聞いているのだろう。 遠藤はとくにはその話題を出さなかった。

 五目御飯が良い感じで炊き上がり、本格的に食事になった。 少々多めに炊いたはずだが、おかずも含めてあっという間になくなった。

 神崎はエアコンと併用している扇風機の首振りを、ぼうっと眺めていた。

 この暑さが落ち着いたら、もとの平々凡々な生活が戻ってくるような……。


 遠藤は腹ごしらえを終えると、車へ戻ると言って立ち上がった。

「どうせなら、この部屋から見張っていたらいいんじゃない?」 と薫子。

「そういうわけにもいかないのよね。 ここからじゃ、通りのほうまでは見えないから。 あっと、すっかり御馳走になっちゃって。 洗い物ぐらいはしていくわ」

 遠藤記者から、気を遣われるほどのおかずは出ていない。

 缶ビールを飲みほし、薫子は口に手を当てて控えめなゲップをした。 ちなみに飲んでいるのは、薫子だけだ。

「ちょっとだけだし、それくらいこっちでやっとくって」

 神崎は薫子に懐疑的な目をむけた。





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