表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/44

 31


 男が救急車で運ばれていった。

 全身にギュッと力を込め、顔を真っ赤にしていた。 右腕をしきりに痛がっている様子。 骨折っぽい。

 お前は誰だ、と問いただせるような状況になく、神崎と常盤は少し離れたところで、じっとして成り行きを見守った。

 野次馬の数は少ない。 みな他人事に立ち止まっている暇はないのだろう。 事故処理の警官に対して、やたらとわめき散らしている、加害車両の運転手が印象的だった。 現場に残されている曲がりくねった自転車へ視線を移すと、否応にもひき逃げ事件を彷彿とさせた。

 ついでといっては何だが、神崎が事故直前に繋がった電話で通報してやったので、事故処理やら救急搬送やらが最速で進んだと思う。


 その事故処理とは別に駆けつけてきた浜田刑事へ、事情を説明するのは少々骨が折れた。 見張られていたという話。 その物証はないからだ。

 昨夜に会ったときと違って、浜田刑事が露骨に嫌そうな顔をしている。 それでも二人で同じ説明をくり返すと、男の素性が知れるまで、彼から目を離さないようにと、もう一人の刑事に指示を出してくれた。 致し方なくといった感じは否めなかったが……。

 

 あとのことは警察にお任せするより他ない。

 男がどれほどの人物かは謎だが、警察の追求を逃れられるとは思えないので、とりあえずこれで何関係の人かがわかるのではないだろうか。 神崎的には、ひと区切りついたような安堵感がある。

 浜田刑事から解放された二人は、自転車に乗って現場から立ち去った。 神崎のアパートは、自転車でならここから三分ほどだ。

 常盤の髪が額にペタッと貼りついていた。

「ヒデ、うちでシャワー浴びていく?」

「ん~、着替えがないし、一旦家に帰るよ」

 消沈気味に常盤は答えた。 一旦とはいうが、今日のところはもう来ないような気がした。 自爆だったとはいえ、追い詰めるような形になってしまったことを気にしているのだろう。

「そっか。 面倒なことにつき合わせて悪かったな」

「いいや……。 とにかくいろいろスッキリさせて、緩い日常に戻れるといいね」

 常盤は過去に傷つけられた経験から、言葉を選ぶ。 ひたすら優しい奴だ。


 風呂場から出てきて時計を見たとき、まだ九時台だったことに驚き、今から何をしようかと考えた。

 カウチソファで横になってスマホをいじっているうちに、今回のことをメモしておこうと思い立った。

 パソコンはまだないので、スマホのメモ帳に時間と行動を箇条書きでしたためていく。 その作業終わりを待ってくれていたかのようなタイミングで、呼鈴が鳴った。

 普段以上に驚いたのは言うまでもない。パッと頭の中に浮かんだのは、あの男の仲間だ。それから浜田刑事が浮かんで、絵梨子さんが浮かんだ。

訝しみながら玄関へ立っていって返事をすると、ドアの向こうは宅配便だと言う。常套句じゃないか……。

 ドアスコープをのぞきながら、どこからのお届け物かと尋ねて、あぁ、と思い出した。

 届いたのはドアノブセットだ。 101号室で試してみて難なく交換できたので、他の部屋の交換作業も自分でやることにしたのだった。

 とはいえ二十万弱の出費は痛い。 多少の税金対策にはなるが、個人経営なので諸経費として返還されるものでもない……と親の意見を代弁してみる。 防犯対策のための出費ということで、どこかから補助金が出ていないか、後で調べてみよう。

 気晴らしにはちょうどいい、と無理やり体を奮い立たせて、工具箱をあさった。 たまには管理人らしいこともしておくべきだ。


 交換作業は、住人にドアを開けてもらわなければできないので、在宅中の住人を確認していった。 結果、今現在、交換作業に応じてくれるのは、二階の一人と隣の二部屋だけだった。 他の部屋には、希望日時を連絡してくれるように、チラシを製作しておくかと思ったが、パソコンがないことを思い出して途端に邪魔くさくなってくる。

 そうして、二階を先にやっつけて、隣の部屋のドアに取りかかったとき、

「お早う。 遠藤です」 と声がかかった。

 遠藤? はて、と神崎はドアから顔を出し、その大柄で目のつり上がった女性に目を向けた。

「あ~、雑誌の記者さん。 こんちは。 俺に用ですか?」

「ええ。 この前、取材に協力していただいたときのお礼を持ってきたの。 それと、記事が最新号に掲載されたから、一冊持ってきたわ」

 載せる前に記事の確認とかなかったけど、普通はそういうものか? それよりも、そんなフランクに接してくる女性だったっけ、と少しばかり気になった。  「へぇ……」

「あの、いま忙しい?」

 その喋り口調で通すのだな、と理解を示した。 それならこっちも、というわけだ。

「二十分、は掛からないと思うけど……。 何なら部屋で待っていてもいいよ。 好きにコーヒーも淹れて」

「そ、じゃ、遠慮なく」

 遠慮しないのか……ふ~ん。

 遠藤記者はドアを開けて、神崎の部屋の中へ消えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ