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 撮れ具合を確認するような小芝居を打ち、神崎は自転車を反転させた。 もと来た方へと戻っていく。 階段の真ん中だけがスローブになっているので、そこを自転車に乗ってブレーキをきかせながら下った。 借り物の自転車ということもあり、これがけっこう怖い。


「動いたよ。 今、信号待ち。 (あせ)っているみたいな感じ」

 ヘッドセットのイヤホンから、常盤の興奮が伝わってくる。

「決まりか……まいったな」

 神崎の本音がついぞ口をついて漏れた。

 なぜだ、何をした、何が目的だ……と、頭の中が疑問符に占領されていった。

「で、俺は、これからどうしたらいいの?」

 戻ると言い出したのは神崎だ。 こうなった場合の次を考えていなかったことに、常盤は絶句したかもしれない。 そんな間があいて、常盤は言った。

「この信号、あと三十秒くらいで変わるはず。 今の間に、できるだけ引き離して」

 ふんふん、それで?

「あいつは、さぐっちゃんを完全に見失ったら、とりあえずアパートに戻ってみると思う。 そのときの男の様子を、ダメ押しで確認したいんだ」

 神崎は少々早めに。 常盤は立ちこぎでペダルを回した。

 確認、確認、もう何度目か。 その次にどうするかを考えないことには進展しない。 二人とも腕っぷしに自信があるわけではないので、一番手っ取り早い強硬策が取れないでいた。

 神崎は、アパートの前で舌打ちする男を想像した。

「それなら、うちのアパートの斜向かいにあるアパートがいい。 黄緑色の壁のアパート。 塀は低いけど、ちょうどいい感じの木が並んでいるから、しゃがんだら上手く隠れられると思う」

「わかった。 そこで合流しよう。 ぼくも別ルートからそっこうで行く。 あっ、でもタイミングしだいでは、僕はやり過ごすことになるかも」

 通常でも十分とかからない道のりを、いかに急いだとて大幅な差を生むことはできない。 こちらが隠れるところを見られるような位置まで、男が予想より早く到着した場合のことを言っているのだと解釈した。

「わかってる」



 そして神崎の隣、常盤がぜぇぜぇとうるさい。 つばを飲み込む一瞬だけ呼吸音が止まり、またぜぇぜぇとやっている。 スマホでの通話は切った。 常盤はコンクリート製の輪止めの残骸にまたがって、下を向いていた。


「来、た?」

 もう、しゃべんなくていいよ……。

「まだ。 ……本当に来んのかな」

 この位置からでは、木々が邪魔で一場面しか見えない。 神崎は中腰になって、塀際まで行った。

 顔をのぞかせて道路の右方を見ようとしたとき、男が現われたので慌ててしゃがんだ。

 どんなに声を絞っても、男に聞こえてしまいそうな気がして、常盤へ小石を投げ、手で合図を出した。

 常盤も同じように感じたのだろう。 口に手をやり、呼吸を無理やり静めている。 自分の太ももを握るようにして、コソコソと神崎の隣へやって来た。

 二人してしばらく見ていた。

 男は大胆にも、アパートの駐車場へ足を踏み入れていった。 101号室の裏窓を見ているのかまではわからなかった。 それでも、二人ともが納得できる決定的な行動だった。

 ヨシ、これならと、

「警察に連絡して、あの男を職質してもらうことって、できないかな?」 常盤は囁いた。

 オゥ、グドアイディーアと眉をあげたのも束の間、神崎は微かに顔を左右に振った。

「どうせ、すぐには来てくれないって」

 否定しながら、神崎は浜田刑事の携帯へ、ショートメールを打った。

 ショートメールなんて、いつ以来だろう。 たしか文字制限があったような……。


(部屋の前に怪しい男ウロウロ神崎)

 画面を常盤へ見せる。 常盤は鼻を指でこする仕草をした。 送信っと。

 男の自転車がスーッと出てきた。 二人は首を引っ込めた。

 初めて正面から見れば、前カゴには通勤カバンを入れている。 髪型といい、背広といい、今さらながら、営業マンコスプレを思わせる。

 諦めて帰るのだろうか?

 神崎は恐る恐る顔を出して、男の背中を目で追った。

「さぐっちゃん、追うよ」

 振り返ると、常盤がすでに自転車にまたがっている。

 急ぎそれに倣って、道路へ出ていった。 男がまだ見える距離にいた。 二人はおしゃべりする体で並走した。


 男は目的地が決まっているのか、一度も止まらなかった。

「次を右へ曲がれば、またアパートに戻れるね」

「そうだな」 ぐるっと回ってきて、また張り込むとでも?

 常盤の予想はハズレ、男が直進する。

 神崎は自転車こぎながら、スマホを見た。 時刻と、浜田からの返信がないことを確認した。


 そして信号待ち……。 これは困る。 追いついてしまう。

 男は片足を地面について、肩と腰を叩いている。 グイッと上体を左へ捻って、次は右へ捻ると思いきや、スイッと自転車の向きを変えた。 信号を待っていられずに、右折?

 いや、こっちを見た。 気づかれた――

 そう見えたのは、神崎の気のせいではない。

「バレたんじゃない?」 と言って、常盤がスピードをあげた。

 向こうに気づかれた時点で尾行は終わりだと、そう思っていた神崎は、常盤の行動に面食らった。

 二人が交差点を曲がったとき、まだ男の自転車は見えていたが、あきらかにペダルをこぐスピードがあがっていた。

 逃げる者を追ってしまうのは男の習性なのか、追いついてからのことをまだ考えていない。


 男が、今度はハッキリとこちらを振りかえった。

 神崎のスマホが鳴った。 このタイミングか、と顔をゆがめた。

 車のスキール音が響き渡った。

「あっ!」

 男が車にはねられて、ボンネットの上を転がっていた。




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