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神崎は、逃走車のナンバーを記録していることを浜田刑事に伝え、今一度スマホの録音を聞いてから、もう一人の刑事にメモってもらった。
だが、そこで薫子が自分のスマホを見ながら 「違うわよ」 と口をはさんだ。
神崎と刑事二人は同時に、彼女へ顔を向けた。
薫子が 「ほらっ」 と突き出してみせたのは、さっきのメールの画面だった。
たしかに、神崎の告げたのとは全然違う数字だ。 県名すら違っている。 そして、薫子は絶対に間違いないと言い張った。
しかし、神崎も自信があるのだ。 そう簡単には譲れない。
薫子は、過去に所有していたのと同じ車だったから、ことのほか注視していたと強調し、神崎は逃げていく車を彼女よりも長く、意識して見ていたことを強調した。
二人が言い争うなか、浜田刑事は、
「自転車の二人乗りは違法ですよ」 と言った。
これで、二人は一瞬黙った。
さらに浜田刑事は 「後ろのナンバープレートに、封印はありましたか」 と神崎に尋ねた。
グッと詰まった。 封印のことは知っているが、そこまで注意して見ていなかったので、何とも言えなかった。
普通、そこまで見ていないだろうに……。 浜田刑事は、無職の男より、美人の薫子の味方に付いたな、と神崎はひねくれた。
「車種と色が記憶違いでないなら、両方のナンバーで検索してみますよ」 ここら辺が、落としどころだろう。
運転していたのは男性。 顔は見えなかった。 同乗者はいなかった。 と、その後二人の意見が一致したのはこれくらい。 少し雰囲気の悪くなった二人に、浜田刑事が、
「この状況で、お二人が、かすり傷ひとつ負わなかったのは奇跡ですよ」 と言って宥めた。
「私がいち早く気づいて、叫んであげたから」 と薫子はまだ続けようとする。 「探は命拾いしたのよね」
「俺の反応がよかった。 反対側の足をあげるなんて、なかなかできない芸当だし、もう一度やれって言われても、無理だろうな」
まぁまぁ、と浜田刑事は、二人の間に割って入った。
事情聴取は思っていたより、簡単に終わった。 比較的、神崎が時間に余裕があることを知っているからか、書類云々は明日でもいいと言う。 薫子が、また電話をしている。
交差点の角にある店の駐車場まで吹っ飛んでいった自転車は、夜目でも大破していることがわかる。 あれを持ち帰るのに、自身の軽バンを取りに帰らなければならない、と思った。
神崎が道のりを思い浮かべて、うんざりしていると、浜田は警察で自転車をあずかる、と言う。 逃走車両の残留塗膜片などを検分するのだとか。 それなら、そのまま処分してくれるほうが助かるのだが。
「ねえ探、みっちゃんのお店、まだ大丈夫だって」
「そう」 明日、薫子は仕事がある。 今からでも行ったほうがいい。 「待っていてくれたんなら、今からでも行こうか」
彼女はうなずいて、そのまま向こうに伝えた。
やっと警察から解放されて、二人で伊東パーソナルへ向かった。 だいぶ来ていたので、ここからだと五、六分というところだ。
「おもっきり突っ込んできたしさ。 探、絶対狙われていたよね」
狙われているとか言うなよ……。
伊東パーソナルへ行くことになったのは、寸前の会話から生まれた突発的行動だ。 事故を装って命を狙うなんてことは、以前から計画していなければできないはず。 よくある、ただの当て逃げだ。 犯人は今ごろ、何で逃げてしまったのかと、家で震えているかもしれない。 それとも証拠隠滅に奔走しているか……。 どっちにしても、新品の自転車を買ってくれれば、それでいい。
「どこかの誰かに、恨まれてんだろうなぁ、薫子が」
「なんでよー。 恨まれてんのは、そっちでしょう」
キリがない……。 ここで食いさがって薫子にヘソを曲げられても困る。
「はいはい、恨まれてんのは、きっと俺のほうだよ」
やがて三階建てのテナントビルが見えてきた。 二階の看板に、伊東パ―ソナルとあった。 一階はホビーショップのようだ。 今はシャッターが下りている。
横手の階段から上がっていくと、みっちゃんが心配そうな顔で出迎えてくれた。 卒アルでは思い出せなかったが、たしかにこんな女子が同学年にいた。
「電話ビックリしたよ~」
「ゴメーン。 探は敵が多いから」
てきとうなこと言ってんじゃねぇよ。
「大変だったね。 体は本当に大丈夫なの?」
そういう気づかいのできる女が、さっさと嫁に行くのだろうと思った。
「う、うん、体は、ね……」 と薫子。 ミステリー感を匂わせる。
神崎は、店の中を見回した。 カウンターに呼鈴が置いてあって、奥に工房があるようだ。
太め体型の旦那さんが、のっそりと出てきて 「いらっしゃい」 デニム生地のエプロンをつけている。 目の下のクマがすごい。
みっちゃんが、神崎を紹介してくれた。 四人が、ひと通りの挨拶を終えると 「キーくん、お願いね」 とみっちゃんは優しそうな笑みを旦那へ向けた。
「あぁ」
これで通じるらしい。 みっちゃんは、薫子を奥のほうへ連れていってしまった。
「それでそれで、どうなったの? っていうか、アンタたち、まだ付き合ってんだぁ」
これから薫子は、事故の詳細、神崎との関係について、いろいろ白状させられる。
その場に残った旦那と神崎は、どちらともなく会釈して、苦笑いの表情で目をそらした。




