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「伊東パーソナルって知らない?」

「それ、店の名前? 聞いたことあるような、ないような」

「駅の向こうなんだけど。 シャッター通りがあるでしょう。 あそこの商店街のホームページなんかも作ったりしてるんだって」

「ふ~ん」  駅の向こう側か……。


 じゃあ早速行こうということになって、神崎はカーテンを閉じる前に、窓から裏手の駐車場へ目をやった。

 駐車場に来客用のスぺースは、もともと設けていない。 薫子は開いているところへ、勝手に停めるのだ。

 このアパートの住人の車は把握しているので、それ以外の一台が、薫子の乗ってきた車ということになる。 彼女の家は三台の車を所有しており、薫子は自分の車を持っているくせに、父親や母親の車を、そのときの気分によって使いわけていた。 そのどれにも、神崎は乗ったことがあった。


 さて今日の車は……。 「あれ、薫子の車は?」

「私、車、買い替えたのよ。 中古だけどね。 そうそう、それで見せびらかしに来たんだったわ」

「あっそう……」 ということは、あのハッチバックの外車か。



「いい大人が、何やってんだかなぁ」

「大丈夫、警察がいたら飛び降りるから」

 自転車の二人乗りなんてことは、久しぶりすぎて照れくさいし、疲れる。

 薫子の話によると、今から行く店には客用の駐車場がないらしい。 微妙に遠いので、自転車で行くことになった。

 彼女は右腕を神崎の腰へ回し、左手でスマホを操っていた。 電話の相手は、大親友だったというミチコだか、ミツコだかいう人だ。

 薫子はしばらく楽しそうに会話して、通話を終えた。

「みっちゃん、OKだって。 探、急いで。 すぐに行くって言っちゃった」

 また勝手な判断で……。  「みっちゃんはOKでも、その旦那はよ?」

「みっちゃんがOKなら、旦那もOKでしょう」

 そういうパワーバランスの夫婦なのかな、と想像する。 そもそも他人の生活に興味はない。


 線路の下をくぐって、駅の反対側に出た。

 同じ市内であっても、神崎の暮らす街とは雰囲気が違った。 こちらには住宅地ばかりが建ち並んでいて、住人は古くからの人がほとんどだ。 ひと言でいうと閑静な住宅街だが、道が狭くて入り組んでいる。

 比較的大きめの交差点に差しかかり、赤信号に足止めされた。

「あぁあ、もうちょっとで間に合ったのに」 と薫子は言うが、神崎の太ももは、しばしの休憩を喜んでいた。

 薫子は荷台からサッと降りて、自分の尻をこぶしで叩いた。

「わぁ~あの車、懐かしい」

 神崎は、前カゴからタオルを取って、首筋や額の汗を拭った。 彼女が、どの車のことを言っているのかは見逃した。 以前に所有していた車と、同じのが通りすぎていっただけだろう。


「おっと、信号が変わるぞ。 乗れ」

「うん」 薫子は、さっきまでと左右逆に乗る。 尻が痛いのだろう。 その重みを感じた瞬間、

「探っ!」  薫子が悲鳴をあげて飛びのいた。

 白のセダン車が、神崎の自転車をさらっていった。 さらっていったという表現ピッタリに、神崎が片足をヒョイとあげてハンドルから手を離したので、まさに自転車だけフッ飛んでいった形だ。

 こともあろうか車はそのまま逃走した。 ブレーキランプも光らなかった。 すぐ次の交差点を、タイヤを鳴らして曲がって消えた。

 神崎は肩掛けポーチからスマホを取り出し、車のナンバーを声で録音していた。

 呆気にとられる二人をうかがいながら、数台のドライバーが通り過ぎていく。


「大丈夫、探」 と神崎の腕を取る。 彼女の声は震えていた。

「お、おう」 と振り返り、こちらの声もつられて震える。

「ナンバー記録したよ私」 スマホの画面を向けてくる。 メール画面だった。 「ねぇ、警察……」

「そう、だな、110番しなきゃな」



 一部車線が規制されて、目の前の道路には軽い渋滞が起こっている。 通行車は少ないので見物渋滞とでもいうのだろうか。 駆けつけてきた警察車両は五台。 内一台の白黒パトカーが、他所へ移動しようとしていた。

 薫子の顔色が悪い。 「大丈夫か?」 の問いかけに、目を泳がせながらうなずいてみせる。 神崎のヒザも、今になって震え出していた。 自転車の破損状況を確認してからのことだ。


「あれ、きみは確か……」 と柔和な顔が神崎に話しかけてきた。 殺人事件のときに、アパートを訪ねてきた刑事さんだった。 彼は、あらためて浜田だと名乗ったが、その名にまったく覚えがない。

「あ、どうも」 と神崎はマヌケな表情で答えた。

「災難でしたね。 当時の状況をきかせてくれますか」

「はい。 っとその前に」 神崎は浜田刑事に 「すんません」 と断ってから、薫子へ声をかけた。

「薫子、店に行けなくなるかもしれないから、電話しといたほうがいいんじゃね? ずっと待っててくれたら、向こうに悪いし」

「え?」 彼女はあごに指でつまむようなポーズで、ボケっとしていた。

「ほら、みっちゃんの店にさ」

「あっそうね。 うん、電話する」

 彼女の様子が、やはりおかしい。 薫子は自身も事故経験があり、そのときのほうがテキパキと動いていたくらいだ。

 首をひねりながら、浜田刑事へ向きなおって、ひとつうなずいた。


 神崎が説明していると、薫子も店への連絡を終えて説明に加わった。 彼女は逃げた車の名前を記憶していた。 自分が以前に乗っていたのと同じ車種なので、間違いないことを付け加えた。

 神崎はそれをきいて、あれ? と思った。

 彼女は、気づいた? と問わんばかりに神崎を見上げた。

 彼女がついさっき、懐かしいとつぶやいた車だった。 だが、その車は反対方向へ走り去っていったはずだ。 本当に同じ車なら、急いでUターンしてきたことになる。 それを上手く浜田刑事に伝えるのに、薫子の説明ではわかりにくかった。

 神崎が交代する。 だが、説明する神崎本人も、そう珍しい車種ではないので、偶然だろうと思いながら客観的に話していた。





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