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 薫子は賞状用の丸筒を、スッポンスッポン鳴らした。


「うちのお父さんも、警察から表彰されたことがあるよ。 お父さんがっていうより会社が、かな。 だいぶ昔の話だけどね」

 神崎はノートPCで保護猫の動画を観ている。

「それ初耳。 何で?」

「えっと、人命救助だっけ。 ほら、うちの会社の裏手に川あんじゃん」

 神崎は斜め上に視線をやり、薫子の会社を思い浮かべた。 コンクリートの法面(のりめん)で整備された川。

――あぁ、あの川ね。


 薫子がアイスコーヒーで唇を湿らせて続ける。

「増水したときに、男の子が流されてきたんだって」

「それをおじさんが?」

 言って、神崎はカウチソファから立ち上がった。 冷蔵庫へコーヒーのおかわりを取りに行った。

「そう。 うちの従業員何人かと協力してね」

 神崎は、その光景に思いを馳せてみたが、酔ってはからんでくるあの従業員らが、必死でロープを引いている姿をうまく想像できなかった。

 流しの前で、リッターサイズのペットボトルをひょいと掲げ、薫子も欲しいかときいた。

「けっこう立派な(がく)に入れてさ。 今でも事務所に飾ってあるよ」

 コップを差し出し、ちょーだい、の意。

「そんで、おじさんが代表で、警察署へ行ったわけ?」

 薫子は首を左右に振った。

「電話がかかってきたときは、辞退したんだって。 そしたら、警察署長と消防署長が会社までやって来て、ちゃちゃっと賞状を読み上げて、置いて帰っちゃったんだってさ」

「むこうから来てくれるのか……。 そっちのほうが楽でいいな」

 薫子のコップに、コーヒーをドボドボと注いで、冷蔵庫へ戻っていく。

(さぐる)は、昨日わざわざ行ってきたんでしょ?」

「おう。 一方的に日時を指定してきたから、一般市民ってのはそういうもんなのかって感じ。 何の疑いもなくな。 ニ十分前には警察署に到着していて、予定時刻前に四階に案内されて、デカい部屋に通されて、そこに四人くらい居て……。 そうそう、記念写真も撮られたぜ」

「じゃぁ、新聞に載るの?」

「新聞記者じゃなかったような……う~ん、わかんね」


「ふ~ん。 とりあえず、晩ごはん奢ってよ。 貰ったんでしょう? で、いくら入っていたの?」

「なに言ってんだ。 金一封とか、何にもくれなかったぜ。 賞状だけだったって」

「なにそれ、マジで?」

「おう、マジだ」

 あっそうだ、と今度は本棚へ行く。

 レポートを手に戻ってくると、カウチのほうにヒザをついて、レポートを薫子へ渡した。

「それが今回の事件記録。 ……っていうか、俺の不幸話」

 表紙には日付と (謎の女保護記録) とある。 何のひねりもなく、そのままだ。

 さっそく薫子はページをめくった。

 彼女へは電話があったときに概要を話してあったが、興味あり気にじっくりと読み始めた。


 レポートには、ドライブレコーダーから起こした画像が挿入してあって、今回のも、なかなかの出来映えだと自賛している。

 裸女の発見日時は、ドライブレコーダー頼りで明確に記載され、そこから警察署への道筋も、地図表記で順序立てて追えている。 ただ、彼女は発見当時スッポンポンだったので、そこの画像だけは、モザイク処理を施した。 しかも暗闇の中、ヘッドライトに浮かぶ画像だ。 ものすごく不鮮明になってしまった。 薫子が所望するなら、ノートPCに保存してある画像を見せてやることもできるが。

 刑事の名前は伏せ、特徴から勝手にあだ名を付けた。 やり取りは、思い出せる限り正確に書き起こしたつもりだし、されたことも愚痴半分に書きつらねた。

 足りない部分が多いことは、納得済みだ。 撮影できなかった警察署内の画像、裸女の名前や、事件そのものの内容などが、そうだ。

 内容の大半が、神崎の不幸話になってしまったので、事件の内容や犯人が後々公表されたとしても、このレポートに加筆するかは、そのときの気分しだいだというわけだ。

「あ~あ、面白いことって、深夜に起こるんだよねえ」

 それを読んでなお、その発言か……。

 昼間働いている自分は、深夜には動けない。 だから、つまらないとでも思っているのだろうか。 薫子の面白さの基準はわからない。


 二人の間に沈黙が流れた。

 こういうときに、デキる男は彼女を退屈させないのだろう。 話題転換、予定提案等々……。

 そんなときに呼び鈴が鳴った。

 このアパートには、テレビドアホンなんて設備はなかった。 玄関へ行って、ドアスコープをのぞいた。

 ドアの向こうには、ひとりの女性が、手櫛で髪を整えながら立っていた。 その女性が、うつむいていたので、てっきり継母の絵梨子さんだと思って、ドアを開いた。

 部屋に薫子が来ているからといって、絵梨子さんを追い返すようなことはしない。 むしろ、二人は気が合うお友達だ。 どんな経緯があって仲良くなったのか、神崎は知らない。 神崎抜きの二人で、ショッピングへ出掛けることもあるそうだ。


 神崎はいつものようにドアを大きく開いて、自分はさっさと部屋へ戻っていった。

(あっ薫子ちゃん、来てたんだ)

 上り口に立った女性が発した言葉は、神崎が予知した絵梨子さんのセリフじゃなかった。

「あの、お邪魔してよろしいのですか?」

 神崎は振り返った。

 え? 「誰?」





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