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神崎の車に付いているドライブレコーダーは、前方のみ撮影するタイプで、エンジンを切ると完全停止する。 それでも、身の潔白を証明するには、充分に役立ってくれたようだ。 ちょっと考えれば、逆にアリバイ作りに利用できそうなものだが……。
「いやぁ、神崎さんは歌がうまいですね」
神崎は、ほとんどため息のような相槌を打った。 行きの高速道路で、恥ずかしげもなく本域で何曲か歌った。
そんなところから再生していたのか。 ご苦労なことだ。
「それじゃあ、もう帰っていいですか?」
「ええ、ええ、もちろんです。 あ、何でしたら、もう三十分くらいで、保護室用の朝食をお出しすることもできますが。 どうです? 食べていきませんか」
「いいえ、けっこうです」 こんな所には一秒だっていたくない。
「そうですか。 あ、いや長いこと協力していただきまして、ありがとうございました。 また何かありましたら、携帯にお電話さしあげますので」
――さしあげるなよ、クソ刑事!
「俺の知っていることなんて、もう何もないですけどね」
この刑事には、他人の苛立ちが理解できないらしい。 「携帯っていえば、俺のスマホを返してほしいんですけど。 それと財布も」
「あぁはい、そうですね。 車のキーとか、他にも一緒にお預かりした物はまとめてありますので、帰りにお受け取りください」
警察を毛嫌いする市民を、今また一人増やしたことがわからないのだろうか。 舌打ちしそうになるのをグッと堪えて、刑事に軽く会釈する。 記録役の人は、張りつけたような笑顔で、直立不動だ。 今は何を見ても腹が立つ。 彼らも仕事だ、しかたない、とさっきから自分にいいきかせているが……。
部屋から出て、刑事のあとについて行った。
物品を受けとって案内に従った。 車は移動させられていて、そこから神崎は車へ乗り込んだ。 お見送りは一人。 初めてみる顔の人だった。
今の心情を逆撫でするような警察官の笑顔に、神崎は能面ような顔で会釈を返した。 出発だ。
朝の通勤ラッシュに巻き込まれ、朝マックをいただいてから、無事に帰宅した。 ――八時ニ十分。
この出来事を、また記録としてまとめたいが、優先順位はシャワーと眠気より下だ。
シャワーを浴びながら、けっきょく車中泊計画は、車の中で仮眠をとっただけだった、と苦笑する。 とにかく一旦眠ってから、ドライブレコーダーのメモリーを、ノートPCへ移そう。
シャワーを浴びているときは、目が冴えてくるように感じたが、出てくると、また腰や背中に疲労感がぶり返してくる。
髪を乾かすのも面倒くさく、窓のない寝室の仄暗さに、ドサッと仰向けになった。
こうして家に帰ってきた今、取り調べ中の憤懣も和らぎ、替わって裸女の今後が気になってくる。 これ以上かかわりたくないと思いつつ、彼女に何があったのかは、気になるのだ。 けっきょく、あの裸女の仕草の意味はわからなかった。 それを尋ねてみたかった。
あれこれと想像しているうちに、ドロッと溶けていくような感覚に襲われて、神崎は頭にタオル巻いたまま、眠りに落ちていった。
どこかで電話が鳴っていた。
その音がだんだんと大きくなっていって、神崎は目を開いた。 寝室ではなかった。 隣のリビングだ。 今が何時だかわからない。 やっとのことで、上半身を起こした。 マットレスのスプリングを利用して立ち上がった。 カーテンの隙間から、リビングのテーブルに陽が差しこんでいた。
のっそりとリビングへ行って、スマホをのぞき込んだ。 登録していない番号からだった。 躊躇してから、スマホを持ち上げた途端、呼び出し音は切れた。 知らない番号へ、コチラから、かけ直す気にはなれなかった。
せっかく起き上がったものの、時刻を確認すると朝の十時すぎ。
二十五時間眠っていたのか……いや、たぶん一時間くらいしか寝ていないのだろう。 神崎はスマホを寝室へ持っていった。 フルチンだったので、遅ればせながら下着をつけた。 そして、今度はうつ伏せで二度寝の体勢になった。
神崎の目を覚ましたのは、またもや電話の着信音だった。
薄く目を開けて、スマホの表示を見ると、これまた知らない番号だ。 さっきのと同じ番号かどうかは定かでない。 十三時十五分。 そろそろ起きてもいい頃だと思った。
電話に出ると、相手は警察だと名乗った。
チッ――本当に電話してきやがった。
裸女のその後が気になっていると思って、報告の電話を寄こしてきたのかと、夢うつつの神崎脳は勝手に解釈する。
早口で話す相手に 「彼女が無事で何よりです」 とてきとうな返事をした。 相手はさらに早口になって聞き返してくる。 どうも話が通じないので 「ちょ、ちょっと待ってください」
神崎はベッドの端に腰かけ、スマホを耳にあてた。
「神崎さんの情報提供が、犯人逮捕につながったということで、表彰することになりました」
「はあ?」




