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GREEN MOLES  作者: 沖見 るもい
第12章 人魚の守り人
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2

「珍しいお客さんだこと。こんなところにネズミだなんて」


 老婆はフルの背中に触れようと手を伸ばしかけて、止めた。


「ネズミ……、白……?」


 老婆は怯えた表情でその場に尻餅をつくと、そのままの姿勢で後ろへ下がろうと手足をばたつかせた。その姿を見て、フルは変身を解いた。


「あ……あ……」


 目の前で起きた出来事に老婆は目を丸くし、顎が外れそうなほど口を開けて絶句している。


「驚かせてしまって、申し訳ありません」


 フルは老婆に向かって丁寧に頭を下げると、手を差し伸べた。しかし、老婆はその手に触れようとせず、ただただ怯えている。


「あなたに危害を加えるつもりはございません。ただ少しだけ、この鍾乳石をいただきたいのです」


 フルはきっと老婆は腰が抜けて立てないのだろうと思い、自分が身を低くして視線を合わせることにした。まじまじと老婆をよく見てみると、艶のない青い髪に濁った青い瞳である。どうやら生粋の青星人らしい。


 年齢はいくつくらいなのだろう。

 顔には深いしわが刻まれているが、肌にはシミ一つ無い。

 日常的にあまり日の光を浴びていないのだろうか。

 彼女は一体いつからここにいるのだろう。


「あ……、あたしを捕まえに来たんだろ……? そうなんだろ……?」


 老婆はフルから視線を逸らさず、手元に転がっている鍾乳石の破片を投げつけて来た。フルはそれを交わす。これもおそらくマーメイドだろう。ならば自分のような者が触れていいものではない。


「あなたは犯罪者なのですか」


 老婆を刺激しないよう、努めて冷静に返すが、老婆はその問いには答えない。


「じゃっ、じゃあ、これだろっ? この苔を狙って来たんだろ? 渡さない……。これは全部あたしのものだ!」


 老婆は周囲に生えている苔をかばうように両手を広げた。


「いえ、我々はそれにも興味はありません。そこの鍾乳石を少しいただきたいだけです」


 その言葉に老婆は少し安心したようだったが、まだ警戒は解けない。


「鍾乳石……? あ、ああ、これかい。だったらいくらでも持って行きな」


 この老婆が守っているのは、この苔なんだろうか。とすると、別に人魚の番人というわけではないのだな。


「あなたはここで何をしているのですか。もしかして、数年前の地震で出られなくなってしまったのではありませんか」


 もし彼女がここから出たいというのなら、それを手助けすることは吝かではない。


「違う。あたしはそのずっと前からここにいた。地震が起きて出口が塞がれたのは好都合さ。出入りする人間がいなくなったからね」


 そう言いながら老婆は愛おしげに苔を優しく撫で、一つまみむしり取ると、それを口に運ぶ。

 成る程、この苔はこの老婆の食料らしい。


 地下水も豊富なようだし、それで生きてこれたのだろう。

 しかし、この苔だけで……?


「その苔はあなたの食料なのですね」

「食料? 違うね。これは不老不死の苔さ。食料は夜になったら調達しに行くんだ」

「調達?」

「そうさ。アンタも仲間だろう? あたしもチルドレンなんだよ。もっとも、そう呼べる年でもないがね」

「チルドレン……? 失礼ですが、お名前は……」


 そこまで言って、フルはああ、と呟き、「私はフルフル・レッドフィールドと申します。あなたは……?」と言った。


 老婆は初めて視線を逸らし、気まずそうに下唇を噛んだ。しかし、じっと注がれるフルの視線に耐えきれなくなったのか、観念したようにため息をついた。


「ギニコ・ブルーウッド……」


 やはり、そうだ。自分達以外のチルドレンが緑星以外にいるとすれば、それは惑星外逃亡した先代達しかいない。先ほどネズミの姿の自分に怯えたのは、それが緑星にしか生息していないはずの『白ネズミ』だったからだろう。


 ゆっくりとその気配が近づいてきているのを、フルは感じ取っていた。その場に残っていろなんて命令出来る権限など自分にはないのだ。


「聞いていたんですね」


 その白い小鳥は音もなくフルの肩にとまった。こくりと頷き、まっすぐに老婆を見つめている。


「ギニコさん、こちらはあなたの遠縁にあたる者です」


 フルは低く落ち着いた声で、一度肩の上のハナを見つめてからギニコに視線を移した。


「と……遠縁……?」


 ハナはフルの肩から飛び立ち、その場でくるりと一回りしてから人間の姿に戻る。

 ギニコはガタガタと震えだし、自分を冷たく見下ろすハナに向かって許しを請うように手を合わせている。


「教えて。どうしてあなたは政府を……いえ、私達を裏切ったの?」


 いつものハナではない。抑揚のない声がしんと静まり返った洞内に響く。


「広い世界を……見たかった……。日の光を浴びて……。一生をあんな地下の狭い世界で終えたく……なかった……」


 そう言って、ギニコはがっくりと肩を落とす。


「それにあたしは所詮11。政府の下で働いたって、どうせ大した仕事も与えてもらえやしない……」

「あなたの、いえ、あなた達のお蔭で、私達一族がどんな扱いを受けたか……」


 ハナは拳をぎゅっと握りしめた。肩がかすかに震えている。


「でっ、でもね、見てよ、コレ! この苔があればずっと若いまま、生き続けられるの!」


 そう言ってぶちぶちと苔をむしり取り、ハナに差し出す。


「あなたも女ならわかるでしょう? 永遠に美しいまま生きたいでしょう? ここにしか生えないの! 緑星(あんなところ)でむなしく老いていくなんて!」


 ギニコは目をギラギラさせて口をだらしなく開け、苔を持った手を近づけて来る。


 何を言っているんだ、この老婆は。


 フルとハナは顔を見合わせた。

 目の前にいるのは、どこからどう見ても老婆である。彼女の言うような効果が表れているとはとても思えない。

 ギニコは手に持った苔をニヤニヤと見つめながら頬に当て、ヒッヒッと笑っている。

 やがて老婆はのそのそと四つん這いで移動し、地下水の泉にその顔を映した。ゆらゆらと揺れる水面に映し出されているのは、しわくちゃの老婆である。



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