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GREEN MOLES  作者: 沖見 るもい
第10章 水の都、青星
33/46

1

 青星は、その名の通り、至るところに水が流れている青い星である。赤星と同様、名は体を表す、というやつだ。

 町中には水路が整備され、美しい水がさらさらと流れる様は見ていてとても心地が良い。

 一年中湿度と気温が高いため、道行く人たちは袖なしの衣服を纏っており、若い女性の露出度の高い恰好は青少年にはやや刺激的でもあった。

 三人の目的であるアクア・マーケットはピーコック地区最大の商業市場で、三百軒ほどの店が並んでいる。天候に左右されずにのんびりと買い物が出来るようにと向かい合う店と店の間は大きなアーケードでつながっており、それが約三キロメートルに渡って続いている。アーケードは雨だけではなく、日除けにもなるため、肌の弱い緑星人旅行者にも人気のスポットである。


「すごい……」


 マーケットの入り口に立ったダダコは大きなアーケードを見上げてぽっかりと口を開けた。

「こんなの緑星にはなかったもんね」

「緑星にもないけど、赤星でも見なかったな」


 コラダとフッカもこの規模に圧倒されたようで、ダダコ同様、あんぐりとアーケードを見上げている。現地人はいかにも『田舎から来た旅行者』といった三人の様子を嘲笑しながら通り過ぎていく。


「おい、兄ちゃん達、マーケットは初めてかい?」


 体格のいい青年が、笑みを浮かべて声をかけてくる。


「えっ? ああ、まぁ……」


 念のためダダコをかばうようにして前に出たフッカが答えると、青年はガハハと笑った。


「そんな警戒するなよ。そこに突っ立ってたら、通行人の邪魔だぜ。ここじゃ左側通行がルールだ。面倒なやつに目ぇつけられないように気を付けな」


 そう言うと、慣れた足取りでマーケットの中に入り、あっという間に見えなくなってしまった。そう言われてみると、たしかにしっかりとそのルールは守られているようだ。


「とりあえず、入ってみようか」


 コラダの一言で、やや緊張した面持ちの二人はこくりと頷き、その一歩を踏み出す。


「コラダは本屋行くだろ? もうここから自由にしようぜ。終わったら端末で連絡するようにしてさ」


 フッカがそう言うと、コラダは顔をほころばせた。「いいの?」


「いいよ。行っておいでよ。コラダならトラブルも起こさないでしょ」


 ダダコがにっこりとほほ笑む。さも、自分なら起こしかねないと言われたような気がしてフッカは「それはお前だ」と言い返したい衝動に駆られた。しかし、ここで指摘すると早速トラブルの素である。ぐっとこらえて引き攣った笑顔を浮かべた。


「じゃ、ちょっと行ってくるね!」


 そう言ってコラダは足早に駆けて行き、人混みの中に突入していった。ふわふわと揺れる白髪が完全に見えなくなったところで、ダダコとフッカも歩き始めた。目当ては雑貨屋である。


「ダダコの探してるぬいぐるみって、どんなやつなんだ? 大きさとか、触り心地とか」

「大きさは……これくらい」


 そう言って、両手でその大きさを示す。二~三十センチくらいはありそうだ。


「結構でかいんだな。んで? なんつーの、熊とかウサギとか、そういうのは?」

「別にまったく同じじゃなくたっていいけど……。それは、真っ白い熊だったの」

「白い熊か……」


 緑星の動物はそのほとんどが白い色をしている。近年になって他の惑星からの輸入により、他の色を持つものも増えてきたが、緑星の白い動物と交配させると、こちらの遺伝子の方が強いらしく白い個体しか産まれない。よって、白色以外の動物は政府の厳重な管理の下、人工的に繁殖させている。

 白い熊、ということは、緑星の動物がモチーフなんだろうし、そうなると、この星にはないんじゃないだろうか、とフッカは思った。この場にコラダがいれば「白熊は緑星以外にも生息しているよ」と言ってくれたのだろうが。


「とりあえず、あそこに入ってみようぜ」


 当てもなく歩いているうちに一軒目の雑貨屋が目に入る。



 二人と別れて一人本屋を探していたコラダは、きょろきょろと辺りを見回しながらマーケット内を歩いていた。やっと数メートル先に本屋の看板が見え、そこに向かっていると、ふと店と店の間に小さな子供がしゃがみ込んでいるのが見える。

 目をこらしてみると、どうやらその狭いところにいるのは二人で、五歳くらいの少年少女だ。裸足の脚は薄汚れ、身に着けているものも何となくみすぼらしい。


 もしかしたら、孤児なのかもしれない。


 そう思ったが、自分にはどうすることも出来ない。もし、自分がこの星の通貨を現金で持っていたなら、いくらか渡すことも出来ただろう。しかし自分が持っているのは端末だ。もちろん、端末同士で通貨をやり取りすることは出来る。だが、彼らがその端末自体を持っているようには見えなかった。


『人にはいろんな事情があるわ。傷つきたくないなら、深く関わらないことよ』


 ハナの言葉が蘇る。たしかにそうだ。赤星もそうだが、この青星にしても、仕事のために立ち寄っただけの惑星なのだ。深入りしない方がいいんだ。そう思って、彼らを見ないようにして足早に通り過ぎた。

 本屋に入ると、たどり着けたということよりも、彼らの姿を見なくていいことにホッとした。


 フルは治安のいいところだって言ってたけど、ああいう子たちはいるんだな。


 コラダは脳裏に焼き付いて離れない彼らの姿を何とか消そうと努力したが、そう簡単には消えてくれないようで、諦めて店内を物色することにした。まずは薬学のコーナーへ行く。薬学は自分がいちばん興味のある分野だ。それから、動植物の図鑑、地形や鉱物に関するもの。


 僕はたぶん三人の中でいちばん力が弱い。

 腕力なら、ダダコには勝てるけど、フッカには及ばないし、射撃の腕は言わずもがなだ。

 足だって速いわけじゃない。

 02なのに、どうしてだろう。

 だったら、僕の武器はやっぱり知識だ。

 どんな形であれ、二人から頼ってもらえるようになりたい。


 次々と分厚い本を重ねてから、買い物バスケットが設置されていたことに気付き、自分の不注意さに苦笑する。

 でも、これだけあれば充分かな。二人とも早く合流したいし。


「すみません、これ下さい」


 そう言いながらカウンターに本を置く。崩さないように、そぅっと。一度にここまで買う人は珍しいのか、店員は目を丸くしている。しかも、その客がどこからどう見ても十代の学生だからなおさらである。ちゃんと金をもっているのだろうか、と口にこそ出さなかったが、訝しげな視線を送ってくる。


「端末で、大丈夫ですか?」

「かしこまりました。GLxsですか、それともBLp(ブルプ)で?」


 店員はコラダには目もくれず、本を機械に通して値段をレジスターに記録している。BLpというのはこの星の通貨である。


「GLxsでお願いします」


 そう言いながら、ふとカウンターの前に棒付きのキャンディを見つけると、二本抜き取り、まだ機械を通していない本の上に置く。「すみません、これも」


 あらかじめ準備しておいた布袋に本を入れると、キャンディを手に持って、店に出た。訝しげだった店員はコラダが支払いを済ませると安心したのか途端に笑顔になり、おまけだと言ってキャンディをもう二本サービスしてくれた。二人に連絡する前に来た道を少し戻り、先ほどの子供達を探す。

 その場所が近づくにつれ、何だか動悸が速くなるのを感じた。別に急いでいるわけでもないのに、自然と早足になっている自分に気付く。背中に汗が流れ始めた頃、コラダは彼らを発見した。怖がらせないようにゆっくりと近づいて、キャンディを差し出す。


「あの、コレ……、いる?」


 見知らぬ人にいきなりキャンディを突きつけられた二人は最初怯えたような顔をしていたが、ぐぅぅという腹の音に急かされ、おずおずと手を伸ばし始めた。それを見て、受け取りやすいようにと、棒の先端を彼らの方へ向けると、ゆっくりとそれに振れた。


「あげるよ。これしか出来ないけど」


 棒をしっかりと握ったのを確認してから手を離すと、数歩後退りしてからくるりと背を向け、大通りへ戻った。

 この行為が正しかったのかはわからない。ただ、自分がそうしたかったからしただけで、ただ、『彼らに良いことをした』という満足感を得たいがための行動だ。テラコッタ鉱山でダダコがPブロックの鉱員達に対して行ったことと何ら変わらない。


「難しいな、人の気持ちって」


 コラダはぽつりとつぶやいてから端末を耳に当てた。


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