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「ダダコ担いで走ったから、さすがに俺も疲れたわ」
そう言って自分の部屋に籠ったフッカは、ベッドの上にごろりと寝そべっている。
たしかに疲れてはいるのだが、それよりも一人になりたかったのだ。
警備員に見つかった時、一瞬でも弱気になってしまったことがどうしても許せない。
あの時はたまたま相手がガチガチのど素人だったから、ハッタリで切り抜けられた。しかし、もし、熟練の軍人だったら……。そう思うと、背筋が寒くなる。チルドレンであることに胡坐をかき過ぎていると思った。
たしかに自分達の力を充分に発揮することが出来れば、生身の人間なんて怖くない。たとえ、相手が武器を持っていたとしても、対処出来る自信はある。
しかし、もしも、今回と似たような状況だったら?
ダダコやコラダが負傷していたとして、そいつをかばいながら戦えるのか、俺は。
それに、もしも、不意打ちされたらどうする。
俺はダダコみたいな野生の嗅覚というか、第六感が働く方じゃない。
頭で考えたってうまい方法なんて思いつかない。
やっぱり場数踏むしかないのかなぁ。そう思いながら寝返りをうつ。
いや、でも、そんなのんきなことも言ってられないだろ。どうしたらいいんだ。
しばらくの間、うだうだと転がっていたが、いてもたってもいられず、何か飲んで気分をすっきりさせようとベッドから起き上がる。ドアを開けるとメインテーブルでコラダとハナが話しているのが見えた。コラダは何やら神妙な面持ちである。
さすがに入って行けないよな。そう思ってドアを閉めようとした瞬間、彼の耳に飛び込んできたのは『近寄らないで、悪魔の子』というハナの言葉だった。一体何の話なのか、細かいところまではわからなかったが、その言葉だけはやけにはっきりと聞こえた。
まずいだろ、その言葉は! 拳を握りしめ、最悪の事態に備えていたが、コラダは俯いて黙ったままだった。怒りを溜めているのだろうかとなおも警戒して様子を伺うも、コラダは激昂して我を忘れることなどなく、穏やかにハナと話している。
フッカは脱力してその場にしゃがみ込むと、音を立てないようにそぅっとドアを閉めた。
「一体何の話だったんだろう……」
再びベッドの上に転がり、仰向けになる。
十年も一緒にいるのに、コラダのことを何も知らない。コラダはいつもにこにこしていて、悩みなんてないような素振りをしていた。長期休暇が近づくと、今回こそは、と嬉しそうに実家へ手紙を書いていたが、素気無い断りの手紙が来ても、「忙しいんだって、仕方ないよね」と笑って「この休みの間に、フッカみたいに射撃がうまくなるように訓練するんだ」と言った。
コラダが手紙を書かなくなったのは、いつからだっただろう。気付いたら、自分も休みの予定は聞かなくなっていた。コラダが家族と何かあったのは薄々気づいていたのに、あの笑顔に安心して、甘えて、踏み込もうとしなかった。十三になって、コラダが実験室を破壊してからは、さらにほんの少し、恐怖を抱いて距離を置いてしまっている。
身体は疲れているのに、脳が覚醒しきってしまい、眠れそうになかった。
どうせ次の星まで長いんだろ。
またごろごろと転がってみるが、どうしてもさっきの話が気になって仕方がない。これからも長い付き合いなんだし、突っ込んで聞いてみようか。
「よし」
何となく口に出して気合を入れ、ベッドを下りる。意を決して勢いよくドアを開ける。
「あれ?」
しかし、そこにコラダの姿はなく、ハナもいなかった。代わりにメインテーブルを陣取っているのはフルである。
『誰かお探しですか』
茫然とドアの前で突っ立っているフッカの姿を見つけて、フルは声をかけてきた。
「え? ああ、まぁ、誰かっていうか……。コラダなんだけど……。さっきまでここに居たと思ったんだけどな……」
あれだけ気合を入れたというのに、拍子抜けしたフッカはぽりぽりと頭を掻きながらテーブルの方へ歩いた。
『コラダでしたら、いましがた部屋で休むと言って出て行きましたが』
「なぁんだ、そうだったのか」
気の抜けた声を出して、キッチンへと向かう。熱いコーヒーが飲みたいと思った。
「フルも何か飲むか?」
モニターとにらめっこしているフルに声をかけると、『助かります。では、ミルクを』と振り向く。
「了解」
そうつぶやいて、フル用の小さいカップにミルクを注いで、自分のコーヒーと共にテーブルへと運ぶ。
『ありがとう』
フルは作業を中断し、小さな前足でカップをつかみ、ごくごくと飲んだ。
『コラダに何か用でも?』
カップをテーブルにコン、と置き、フッカを見つめる。
「んー、ちょっと聞きたいことがあってさ」
『聞きたいこと、ですか』
「フルが知ってるなら、フルに聞いてもいいんだけど……」
『何でしょう』
「さっきさ、コラダとハナが話してたの見かけたんだ。何かすげぇ真面目な話っぽくって入って行けなくてさ。で、立ち聞きすんのもアレだし、部屋に戻ろうとしたら、聞こえたんだよな」
『……聞こえた。何が?』
コラダとハナの話の内容は、端末から聞こえていた。フッカが何を聞いたかはわからないが、だいたいの予想はつく。
「ハナがコラダに向かって『近寄らないで、悪魔の子』って言ったんだ。これ、コラダが暴走した時もこんな感じの言葉だったろ? だから、俺、危ないんじゃねぇかってしばらく見張ってたんだ。結局、何もなかったけど」
『ああ……』
「俺さ、もう十年もアイツと一緒にいて、これからも一緒にやってくのに、そういうのぜんぜん知らないしさ。だから、知りたいと思ったんだよ……」
『知って、どうします?』
「どうって……。特別に何かしようっていうんじゃねぇよ。でもさ、知らないより知ってる方が、もっと深く付き合っていけると思ったんだよ。コラダはいつも笑ってるけど、そのうちの何割かは無理してんじゃねぇかって思うんだ」
時折カップに口を付けながら、ぽつりぽつりと話す姿を見て、十六歳などまだまだ子供だと思っていたが、とフルは思った。
『話しても構いませんが、あなたには到底理解も共感もできないことだと思います。それでも聞きたいですか』
「それでも……聞きたい。別に理解とか共感だとか、そんなおこがましいこと考えてねぇよ。俺ら、別々の人間なんだから」
『よろしい。では……』




