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テラコッタ鉱山はマゼンタ地区にある赤星最大の鉱山である。住民の大半はその鉱山で働いており、季節労働者も多い。至る所に酒場や安宿があり、異様な活気に満ちていた。
「おう、嬢ちゃん。飲んでいくかい?」
赤い顔をした大男が陽気に声をかけてくる。
「何言ってんの? あたしまだ十六なんだけど!」
ダダコがぎろりとにらみつけると、男はおー怖い怖いと言って手にしていた酒を呷る。
『いちいち相手をしていては、日が暮れますよ』
フード付きの外套から、フルがひょっこりと顔を出す。
「わかってるけど……」
『わかっているならよろしい』
真っ赤な髪をフードですっぽりと隠し、さらに日傘を差して歩くのはこの地区では大層な『お嬢様』らしかった。喉の渇きを潤すために立ち寄った酒場で指摘され、ダダコは傘を畳み、フードを外す。その状態で外を歩けば、強い日差しで肌がじりじりと焼ける音さえ聞こえてきそうだった。
『ダダコ、辛いならせめてフードだけでも』
「ダダコ様をなめんじゃないわよ」
そう言うと、ダダコはキッと空を睨んだ。そして、右手を軽く挙げて何かを手招くように扇ぐ。
「日の光に当たれば力が増幅するって言ったわよね」
大気を混ぜて気流を作ると、ぷかりと浮かんでいた雲が徐々に集まり、ダダコの頭上を覆った。
『ダダコ……』
「影を作ればいいんでしょう? いまのあたしならこれくらい楽勝」
そう言って、顔だけ出している状態のフルにウィンクしてみせる。
『さすがです、あなたは……』
フルは何だか呆れたような声を出した。
「お姉ちゃん」
ぐい、と外套を引っ張られ、ダダコは振り向いた。見ると、小さな女の子がダダコを見上げている。ダダコは少女を見下ろした状態で返事した。
「何かご用?」
ダダコの身長は百六十センチにも満たない。それでも彼女からすれば見上げるほどの大女である。
「どこへ行くの?」
「どこって……。あなたには関係ないでしょう?」
「鉱山には行ったらダメだよ」
「どうしてあなたがそんなことを言うの?」
少女は大きな目を真ん丸に見開いている。まるでダダコの姿を目に焼き付けてでもいるかのように、瞬きもせず、じっと見つめている。
「鉱山には魔物が住んでるんだって」
「魔物? そんなもの怖くないわ」
そんなことを言ったら、これから鉱山に向かうことがバレてしまうではないか。フルはそう言いたかったが、少女の目の前で大っぴらに姿を見せるのはまずい。
「内緒なんだけど、私のパパ、魔物に食べられてしまったの」
「あなたのパパが?」
少女は初めて瞬きをした。その後で大きく頷く。ダダコはその場にしゃがみ、少女と視線を合わせる。
「私のパパだけじゃないの。コモウのパパも、トリセのパパも。でも、コレは内緒だよ」
「そんなに……。地区長は何をしてるの? 軍だって……!」
少女は目を伏せて首を横に振った。
「ママ達が地区長さんのところに行ったんだけど、ダメだったみたいなの」
「ダメだったって……。どうして?」
「わかんない。でもママもあきらめなさいって……」
表情に乏しかった少女はそう言うと涙をぽろりとこぼした。
「だからもし、お姉ちゃんも鉱山に行くならダメだよって言おうと思って」
「大丈夫。鉱山になんて行かないよ」
ダダコはにこりと笑った。初対面の少女についた嘘にちくりと胸が痛む。
「本当?」
少女は頬を伝った涙を拭う。
「本当だよ。でもどうしてあたしが鉱山に行くと思ったの?」
「だってお姉ちゃん【余所者】だもん」
その言葉にどきりとする。どうしてバレた? 髪? 目? いや、どちらもしっかり染めたはずだ。
「お姉ちゃん、マゼンタの人じゃないよね? この地区の人の匂いがしない」
匂い……。そう言えば、この地区の人々は食生活によるものなのか独特の香気を纏っている。さすがにそこまでは気が回らなかった……。
「余所者は皆鉱山に行きたがるの。何も面白いことなんてないのに」
「そうなの……。でも、どうせ入れないんじゃないの?」
「正面入り口は門番さんがいるけど、抜け道があるの。たまに見つける人がいて、そこからこっそり……」
「抜け道……?」
少女はダダコに気を許しているのか、その抜け道を耳打ちしてきた。うっかり話してしまう辺りが子供である。
「でもね、絶対に行っちゃダメ。魔物がいるからね。約束」
少女は左手の小指を差し出してきた。この星でも指切りがあるのか。そう思ってダダコも「約束ね」と言って左手の小指を絡ませた。
「キファ!」
背後で女性の声が聞こえる。
「あ、ママ! 私行かなくちゃ。じゃあね、お姉ちゃん」
キファと呼ばれた少女はにこりと笑うと、母親の元へ駆けて行った。ダダコはそれを立ち上がって見守る。
少女の姿が完全に見えなくなったところで、フルが顔を出した。
「フル、あの子が言ってたのって、本当かな」
『信じがたいですね。ですが、もしそれが本当だったら、どうします、ダダコ?』
「決まってるでしょ。やっつけてやるわよ」
『そう言うと思いました……が、無理は禁物ですよ。我々の目的はあくまで【大統領の心臓】ですから。もしかしたらその魔物とやらを利用出来るかもしれませんし』
「利用って、どういうこと?」
『鉱員達が魔物に気を取られている隙に、ということです』
「酷いよフル! 見殺しにしろって言うの?」
『時には非情にならねばなりません。それに、その魔物が本当に存在していれば、ですが』
「いないの……?」
『断言はできません』
ダダコはまだ納得出来ていない様子だったが、立ち止まっていては怪しまれます、の声でしぶしぶ歩き始めた。
鉱山に近づくにつれ、独特の臭気が漂ってくる。
これは一体何の臭いなんだろう。
ダダコは外套の袖で口と鼻を覆った。
鉱山の入り口には門番が二人立っている。見渡すとやはり数人の観光客がおり、何やら門番に話しかけている者もいた。中に入れないか交渉しているのだろう。中に入れないとはいえ、この鉱山はマゼンタ地区一番の観光名所であり、入り口付近には伝統工芸品を売っている土産物店もある。ちらりと中を覗いてみると結構にぎわっているようだ。見慣れた顔を見つけ、中に入る。
「いらっしゃい」
くたびれた老婆が声をかけてくる。手や顔には深いしわが刻まれ、愛想を振りまくこともない。
「ここでは何を扱っているの?」
「この鉱山で採れた鉱石を加工したカップや、アクセサリー、それから染物……」
話す老婆の目は虚ろだ。生気が感じられない。あまりの忙しさで消耗しているだけなのか、それともここでの暮らしは過酷なのだろうか。
「ダダコ、僕はね、本を買ったんだ」
先に店内にいたコラダが買い物袋から買ったばかりだという本を取り出して見せた。
「おや、お仲間で」
そう言うと、老婆はぷいと立ち去ってしまった。
「何これ」
「この星の薬草図鑑。それから、こっちはこの鉱山で採れる鉱物の図鑑」
「図鑑ばっかりどうするのよ。これだからガリ勉は……」
ダダコはぱらりとページをめくってみたものの、すぐに興味をなくして本を閉じた。
「僕はこれだけが取り柄だからね」
コラダは満面の笑みで本をしまった。そんなことないよ、と言おうと思ったが、トントンと後ろから肩を叩かれてそれを止め、振り向く。
後ろにいたのは鉱員に変装しているフッカである。ヘルメットから赤い髪が覗き、日焼けして見えるように、肌も褐色に染色済みだ。
「お嬢ちゃん、何も買わねぇなら帰んな」
さすがフッカ。それらしい粗野な振る舞いが様になっている。眼鏡はかけていないが、おそらく眼球にレンズを入れているのだろう。
「ごめんなさい」
いかにも怯えた振りをして俯きながらコラダと店を出る。しかし、その実、笑いを堪えるのに必死だった。
「おい婆さん、何か冷たいもんねぇか」
店の奥からフッカの荒々しい声が聞こえ、堪らず吹き出した。
「フッカ、はまりすぎ……」
「だよね。良かった、僕があの役じゃなくて」
「コラダには務まらないんじゃない?」
ダダコは苦笑した。




