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悪役令嬢になった話

 時間と空間に関する研究をしていたF博士は色々と風変わりな経験をしてきたが、朝起きると女性になっていたのは初めての経験であった。

 その姿は鮮やかな銀髪をした異国の女子で、周りの使用人達の発言を聞くに、海路を使った交易で大儲けしている侯爵だかいうお家柄の令嬢であるらしい。


「大変です博士! 我々はどうやらゲームの悪役令嬢になってしまったみたいです!」


 さてどうした物かと考えていると、同じく異国の女子になってしまったB助手が部屋に飛び込んできて何故か嬉しそうに叫んだ。


「このゲームのヒロインはとても可愛くて、種族以外は完璧に僕好みなんですよ! ああ、あの子と直接会えるなんて、神に祈りを!」


 B助手の説明を要約すると、ここはどうやらとある乙女ゲームによく似た世界で、博士と助手は主人公の敵にあたる悪役令嬢とその取り巻き、という立ち位置のようだ。

 ゲームの主人公は平民出身だが卓越した知力の持ち主でメキメキと頭角を現し、最後は何人か居る王子達の一人と激しい恋愛の末結ばれ王妃となってめでたしめでたし。

 一方悪役令嬢は他国の王子と内通して自国の王子を殺そうとしたあげくに主人公に阻止されてしまい、処刑されたり自害をしたりと、まあ碌な最後を遂げないらしい。


「つまり、私達はこのままだとロクな人生を送れない、という事か」

「その通りです博士。どうにかして悪役ポジションを回避しなければ、最悪の場合処刑台でギロチンですよ!」


 博士は暫し考えた。

 望まぬ悪役を演じてしっぺ返しを食らうのは納得いかない。だが、悪役が居なければ主人公が予定通りの人生を送れないのではなかろうか?

 例えば、継母や連れ子達に虐められる少女が魔法使いに助けられて王子と結ばれ幸せになる、という物語で、継母が虐めに手心を加えたせいで魔法使いに助けられなければ、結果として王子に巡り合うこともなく一生虐められ下働きな扱いのまま過ごしました。などという事態になるやも知れぬ。

 それはちょっと物語的に困りそうだ。


「よし、処刑されるのは御免被りたいところだが、私が悪役令嬢になったのも何かの縁。その主人公の為にも私に出来うる精一杯の方法で、これ以上ない悪役令嬢になってやろうではないか」

「ははあ、博士がそう決意するなら僕もとことんお手伝いしますよ!」


 とはいえ、靴に画鋲を仕込んだり隠れて衣服を破いたりといった嫌がらせなどは三下のする事で博士の趣味ではない。

 なにせ博士はただの『悪役』ではなく『悪役令嬢』なのだ。悪事はエレガントに行わねばならない。

 そう考えた博士は、まず侯爵家の乗っ取りを実行した。貴族といえば跡目争いと相場が決まっている。そして令嬢とはいえ悪役ならば、よからぬ手段を使って実権を握るものなのだ。

 こうして博士はよからぬ手腕でエレガントに運営資金を確保した。


 広大な領地と資産を得た博士は、その財力をつぎ込んで地殻変動装置を作り上げ、領地に面した海の一角に大きい島を隆起させた。悪役といえば孤島に秘密のアジトを構えているものなのだ。


 次に博士は、島の周囲を回遊している活きの良いマグロ達を捕まえて進化促進装置を使い、賢くて博士に忠実でなんでも食べるマグロ兵士を大量に生み出した。悪役とは戦闘員を大量に抱えている物なのだ。


 こうして全ての準備を整えた博士は自らの領地の名を『マグロ公国』と改め、全世界に対して宣戦布告を行った。

 悪役令嬢であるからにはエレガントに高みを目指す為の手段を隠しはしないのだ。


 戦いは一方的であった。

 何せマグロ兵士達は不眠不休であらゆる地形を突き進み、畑の作物から森林の木々まで、ありとあらゆる植物を食い荒らしたのだ。その勢いたるや飢えたイナゴも真っ青である。

 おまけに、倒しても倒してもマグロ兵士は博士によって次々と作られる為、減るどころか増える一方であった。

 世界の半分がハゲ地となった辺りで人間側の食糧不足が問題化しはじめ、ようやく各国の王族達もマグロ公国の面倒くささに気付いたが時すでに遅かった。マグロ公国はもはや国単位で止められる規模ではなくなっていたのだ。


 もはや人類に打つ手なしか――と思われたその時、一人の少女が颯爽と現れた。

 卓越した知力と話術、そして圧倒的なカリスマをもったその少女は、瞬く間に各国を纏め上げると人類国家同盟の樹立を宣言して自らが初代盟主に就任、人類の総力を挙げてマグロ公国へ反撃を開始した。

 こうして後に百年戦争と呼ばれる、人類対マグロの長い闘いの歴史が始まったのであった。




「うむうむ、どうやら首尾よく私達が処刑されずに主人公を王位へ付けられたようだな」

「それはそうと博士、この後の収集どうつけましょうか。マグロ兵士達が勝手に交配して増えだしてるみたいなんですが……」


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