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第四章(9)

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 地震のような大きな揺れが起こった。揺れだけではない。音も大変なものだった。ひたすらに耳を打ち付ける轟音。モルグラッドの動きも止まる。


「これはっ!」


 ふと、見上げた先。アンドアネル城の隣にある巨大な建造物。


「魔法力プラントが……」


 天を指さすかのような塔、うっすらと緑色の魔法力をまとってまるで大樹のようにアンドアネルの中心にそびえ立っていた塔。


「崩れていく!」


 その魔法力プラントが根本から崩壊していく様子が俺たちの目に入ってきた。アンドアネルで最も大きな建造物があっという間にがれきや粉塵と化していく。


「アンドアネルの象徴が、崩れていく……」


 ノルノのつぶやき。この街にいる人間からしたら衝撃的な光景には違いなかった。


「そうか、ヤーレスさんだ」


 俺は忘れていたことを思い出した。


「ヤーレスさんがロネア様の言葉通り、魔法力プラントを破壊したんだ!」


 ロネア様は自分が負けた場合にアンドアネルの魔法力プラントを破壊するようにヤーレスさんに頼んでいた。彼はためらいなくそれを実行したのだった。


「む、体が動く!」


 魔法力プラントの崩壊。これの結果、モルグラッドの暗黒魔法が緩んだようだった。詳しいことは分からないが、魔王の体自体に何か変化が起こったのかもしれない。とにかく俺たちはこの恩恵によって暗黒の十字架から体を逃すことができた。


「た、助かったぜっ」


 再び集まって防御の態勢を整える俺たち。


「…………」


 真っ赤な両眼で不気味に俺たちをにらみつけてくる魔王モルグラッド。だが、不思議と今までに比べてその威圧感は薄くなったように思えるのだった。


「もしや!」


 突然、ノルノが魔法を放った。


「火炎魔法バイバドル」


 最初と同じようにどう猛な炎がモルグラッドを襲う。あのときは完全に避けきったモルグラッドだったが、

 ――ゴオオオン!

 モルグラッドの正面で爆発。今度は飛んで避けなかった。防御魔法によって守りを固くしただけだった。そのため、モルグラッドも無傷とまではいかなかったようだ。やけどを負って全身から黒い霧が漏れ出ている。


「やはり!」


 ノルノの鋭い視線。


「モルグラッドの魔法力、明らかに減少している。もしかしたらティノートンはもはや使えないのかもしれない」

「そうなのか!」


 俺とバムントさんも声に力が戻ってくる。


「これも魔法力プラントがなくなったせいか」

「ああ、間違いないと思う。これならわたしたちでも勝負になるかもしれない」


 おそらく魔法力プラントの力がなくなったのはアンドアネルだけではない。ロンセリア中のプラントが破壊、もしくは緊急停止されたのだろう。ならば、プラントが生み出す魔法力の反動、とやらも急激に弱まったのかもしれない。それが、モルグラッドの弱体化につながったのだろう。まさに俺たちやロネア様の読みどおりの結果とも言えるのだった。


「よし、もう一度全員で攻撃だ」


 バムントさんが力強く足を踏み出す。


「いくぞ!」

「はい!」


 俺たちは一斉に魔王モルグラッドへと駆けだした。


「電雷魔法トルネッケン!」


 まずノルノの魔法が相手を牽制する。大通りを縦横にふさぐ電撃の嵐は魔王の動きを著しく制限する。


「ゴオオオ!」


 何かの魔法でトルネッケンをすべて吹き飛ばしたモルグラッド。その隙に俺とバムントさんが剣の間合いにまで入り込む。


「ぬあっ!」


 切っ先を伸ばすバムントさんの大剣。モルグラッドはこれを大鎌で受けた。先ほどまでなら軽々と避けていたような攻撃だ。それがモルグラッドまで届いたということは、やはりティノートンはもう発動していないと考えてよいだろう。


「なら、俺も!」


 魔王の懐に入り込むことができた。至近距離からマイネストラスを振るう。


「ゴオアッ!」


 浅かった。しかし、モルグラッドに傷を負わせることができた。はっきりと先ほどとは違う。魔王は接近戦に弱くなっている。それも、キキマ砦のときよりも弱体化しているかもしれないぐらいだった。


「続けるぞ!」


 俺とバムントさんはかさにかかって攻めていく。

 ――ガキン、ガキン!

 モルグラッドの鎌と俺たちの剣、鋭い刃と刃が火花を散らしてぶつかり合う。顔や体をほんのわずかだけ逸れてすれ違う刃。当たればただではすまない。極限までの集中力が求められる接近戦。


「うおおおーっ」


 自然と出る雄叫び。運動神経もよくない、勉強もできない、何の取り柄もなかった俺だったが今は必死に戦うことができている。この世界なら俺は勇者だ。体をめぐる勇者の力が俺に限界以上の勇気と身体能力を引き出してくれる。魔王とも互角に戦えるだけの力を。


「今だっ、トーイチ!」


 流れの中でバムントさんがうまくモルグラッドを押さえ込んでくれた。このチャンスを逃すことはできない。


「はいっ!」


 俺はバムントさんの背後、モルグラッドの死角になる位置から大きく飛んだ。


「くらえーっ!」


 勇者の剣、マイネストラスが刀身から白い光を伸ばしていく。


「グレイトフル・ブレエエエエエエイブ!」


 勇者最大の必殺剣、魔王すらも葬り去るほどの力がこの瞬間のマイネストラスには宿っている。長く伸びた光の刃が魔王に振り落とされた。


「ゴオオオアアアアアァァァァァ!」


 魔王の左腕と左の翼が一度に切り飛んだ。傷口からは視界をおおうほどの黒い霧が止めどなく吹き出し始めた。一発で魔王モルグラッドの息の根を止めることはできなかった。だが、ほとんど致命傷に近いほどのダメージを与えることには成功したようだった。


「勇者があああああ!」


 苦痛に身をよじらせて叫び狂うモルグラッド。


「ぐおのおおおぉぉぉ!」


 残された右腕で大鎌を地面に突きさしたモルグラッド。砕かれた地面から暗黒の十字架が吐き出された。


「キリュア・フ・ロンザアアア!」


 例の強力な魔法だ。すぐにでも魔王にトドメを刺したい俺たちだったが、


「下がれっ!」

「は、はいっ」


 バムントさんの素早い判断。俺たちはぎりぎりで魔王の魔法を回避することができたのだった。


「つ、追撃していたらあぶなかったか」


 距離を取った俺たち三人。消える巨大な十字架。その後ろではモルグラッドが苦しみうめいている姿が目に入った。


「でも、かなりの手応えだったぜ!」


 俺は魔王の様子に戦いへの自信を深める。


「すごいぞ、トーイチ、バムントさん! あと少しだ。あと少しで魔王を倒せるぞ!」


 ノルノの大きな声。そうだ、本当に俺たちはあと少しで魔王モルグラッドを倒せる、というところまで来ているようだった。


「グウオオオォォォ……」


 左腕と左の翼を失った魔王、簡単に治癒できる傷ではない。左腕がなければ当然接近戦でもうまく立ち回れなくなってくるだろう。翼がなければいざというときに逃げ出すことも難しいだろう。


「これはいけるぞ」


 戦いの終わりはぐっと近くなったように思えた。


「本当に魔王を倒せるぞ!」


 俺はちらりと空を見る。空にあった魔獣たちの姿はかなり少なくなったように思えた。おそらく魔法力プラントの反動とやらが減ったせいで魔獣たちの戦意も大幅に減少してしまったのかもしれない。とはいえロンセリア軍の魔法船団もプラントがなくなったせいでエネルギーの補給が不可能になった。後は船内に残ったエネルギーしかないので、魔法船団が動けなくなるのも時間の問題だった。つまり、このアンドアネルの決戦における趨勢は俺たちと魔王の戦いにかかっているといっても過言ではなかった。


「魔王モルグラッド、俺たちの手で絶対に倒さなければ!」


 ロンセリアという国を救うこと、ロネア様のかたきを討つこと、俺たちはあと少しでその二つの使命の実現に手が届こうとしていた。


「二人とも、これで最後の攻撃にするぞ。一気にいく」


 すぐに体勢を整えるバムントさん。そうだな、モルグラッドは狡猾だ。あまり戦いを長引かせて妙な手段を与えたくない。決められるときに決めないと。


「必ず魔王を倒すぞ!」

「はいっ!」


 再度、魔王モルグラッドに向かって走り出す俺たち三人。相手は手負いだ。接近戦に持ち込めばこっちの勝ちだ。


「電雷魔法トルネッ……」


 先ほどと同様にノルノが牽制の魔法を放とうとしたときだった。


「……ゴォォォ」


 急にモルグラッドの目から憎悪が消えた、ように思えた。


「ん?」


 やつの目がどこか冷めたものに変わったような気がした。


「な、なんだ?」


 そして。


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