第四章(8)
――ゴオオオオオオオオオオン!
爆発が起こった。
「あ、ああ……」
ひどく凄惨な爆発だった。暗黒の炎がアンドアネルの空を呪いつくすかのような爆発。暗い影がすべての光を遮り、わずかな時間だけだったがアンドアネルを日食のような暗闇の中に叩き込んだ。その中で不気味にはじけ散っていく黒い炎。
「…………」
絶句して立ち尽くす俺たち三人。しだいに暗闇が晴れていく。空に元通りの光が戻る。しかし、その空の中にはもうすでにダラグネス・ロンテの姿はなかった。ロネア様の姿はなくなっていた。
「……せ、先生が」
がっくりと地面に膝をつくノルノ。
「……消えた?」
信じられない。いや、とても信じたくないようなことだった。でも、目の前の光景は厳然とある事実を示しだしていた。
ロネア様は死んでしまったのだと。
数秒後。
「うわあああああん」
泣き崩れるノルノ。俺の目からも涙がこぼれ落ちる。ロネア様は魔王モルグラッドに負けて死んでしまった。死んでしまったのだ。これほど悲しいことはないように思えた。悲しみで頭が空っぽになる。何も考えられない。
「うおおおおおぉぉぉ……」
ただただ泣き叫ぶ俺とノルノ。そこへ。
「おい、おまえら!」
バムントさんの声。
「泣くのは後だ。俺たちにはほかにやるべき事があるだろうが!」
バムントさんが言う俺たちのやるべきこと。
「ロネア様は何と言った? 自分が負けたら俺たちが魔王モルグラッドを倒せ、ロネア様はそう言っただろうが!」
空っぽだった俺の頭の中にバムントさんの声が響き渡る。
「……魔王モルグラッドを倒す……そうだ、俺たちは……モルグラッドを倒さないと……」
ノルノも立ち上がる。
「ううぅ……モルグラッド、絶対に許さないっ!」
歯を食いしばってノルノは泣くのを耐える。手に持った杖をきつくきつく握りしめる。
「モルグラッドめ! 絶対におまえを許さないぞ!」
空に浮かぶ魔王モルグラッドを射貫くような視線でにらみつけるノルノ。
「ゴフゥゥゥ……」
モルグラッドの方も俺たちのことがわかっているような雰囲気だった。俺たちの方を不気味に光る両眼で見返しているように思えた。それから、すぐにこちらへと向かって一直線に飛んでくるのだった。
「やつも俺たちと戦いたいようだな。ちょうどいい。ロネア様のかたき、この手で必ず討ってくれよう」
バムントさんも悲しいに決まっている。いや、俺なんかよりずっと悲しいに違いない。しかし、そのことを今は表面に出さない。彼の強さ、俺も見習わなければ。
バムントさんは剣を抜いて掲げる。
「いくぞ、二人とも!」
「はい!」
戦いに集中する俺たち三人。
「……勇者どもよ」
俺たちの目の前に魔王モルグラッドはすぐに降り立った。
「次はおまえたちの番だ」
「魔王モルグラッド!」
大通りの真ん中、街の開けた場所。魔王は俺たちの前をふさぐように立ちはだかった。ドラゴンと死神が合わさったような顔と体。俺たちを威圧するかのごとく大きな両翼と手にした長い鎌。ダラグネス・ロンテとの戦いでも全身に多くの傷を受けているようだったが、顔にはひときわ大きな切り傷が目立っていた。
「……我が顔に付けた傷の恨み、ここで晴らしてくれよう」
憎悪に満ちた魔王の声。
「…………」
無言で魔王をにらみ返す俺。マイネストラスを構える手に力がこもる。
「何が傷の恨みだっ」
ノルノが吠える。
「おまえはロネア先生のかたきだ! わたしたちが絶対に倒してやる!」
それが戦闘開始の合図だった。
「有から無、無から有へ、刹那に瞬く猛き力よ、今こそ我が命ずる、赫々たる焔と成りてすべてを燃やし尽くさんことを」
ノルノが真っ先に魔法を放つ。
「火炎魔法バイバドル!」
いつもノルノの魔法だが。今度のものは今までとはまったく規模が違った。道の左右にある建物すら飲み込んでしまうような火炎。ダラグネス・ロンテにも劣らないようなすさまじい魔法力の発露だった。
――ゴオオオオオウウウウウン!
腹を空かせた恐竜のように魔王を飲み込もうとする炎。さすがの魔王も前回のようにこれは氷雪魔法で凍らせることができないようだった。とっさの判断で上へと逃げる。
「ちっ。おしい!」
悔しがるノルノ。モルグラッドは依然としてティノートンを発動させ続けているので図体が大きいわりに動きは素早い。
「エアロ・ブロードアロー!」
俺は空中にいるモルグラッドに対して勇者の力が加わった衝撃波を飛ばす。魔王にはなおさら有効な技のはずだ。
「グウウッ」
うなり声を上げる魔王。急降下の動きでこれも避けきる。ただし。
「ぬおおお!」
バムントさんはモルグラッドが着地してくるタイミングを狙って斬りかかる。どうにか鎌で受け止めたモルグラッドだったが、バムントさんは人間の限界を超えた膂力で魔王を体ごと横にはじき飛ばした。
――ドゴンッ!
モルグラッドの体が端の建物にめり込んで、がれきの下敷きになる。さらに。
「振動魔法イドルホーン!」
ノルノが追い打ちをかける。空気を蛇腹のように歪めた振動波が崩れたがれきをモルグラッドごと粉砕する。
――ゴバンッ!
硬質の破裂音とともに大量の細かい粉塵が巻き上がる。目の前にあった建物はノルノの魔法によって完全に塵と化したのだった。
「モルグラッドはっ?」
粉塵の中、魔王の姿を探す。残念ながらモルグラッドは一瞬だけ速くがれきの中から脱出していたようだった。その体はすでに大通りの上にあった。
「そこか!」
ただし、モルグラッドも反撃に移る余裕まではないようだった。次は俺が斬りかかっていく。
「ソード・セイクリッド!」
魔の力を退けるマイネストラスの輝き。しかし、これもかすり傷程度のダメージでかわされてしまった。
「うおおお!」
すぐにバムントさんも来て、二人がかりでモルグラッドに剣戟の雨を浴びせるが。
「ゴアアアッ」
モルグラッドの動きは以前とは比べものにならないほどに速い。長尺の大鎌を自在に操ってすべての攻撃を受けきってしまった。
「ゲハースレン」
俺たちの隙をついての魔王の反撃。いくつもの氷の槍が現れ、俺たちの頭上から降ってくる。
「し、しまったっ」
かわし切れない。ダメージを覚悟する。
「マベールハイト!」
と、そこにはなんとかノルノが防御魔法を張ってくれた。俺たちの前で氷の槍の軌道がわずかに逸れる。かろうじて直撃はまぬがれた。しかし、地面に突き刺さって砕けた氷の破片や冷気が俺たちの体を打ちつける。
「ぐっ。一度、下がるぞ!」
「は、はいっ」
このタイミングでなんとか魔王との距離を取る俺たち。モルグラッドの方も深追いはしてこないようだった。回復が可能な細かい傷を治し始めるのだった。
「ハァハァハァ……」
肩で息をする俺。新たに魔王モルグラッドと剣を交えた印象、それは相手の強さを認めざるを得ないものだった。俺たちも確実に強くなっているはずだが、モルグラッドの方も数段強くなっている。これは主に重力魔法ティノートンのためだろう。もともとずば抜けた魔法力を持っているモルグラッドが、ティノートンによって接近戦まで隙がなくなっている。
「く、くそっ。どう戦えばいいんだっ」
魔王モルグラッドの強さは完璧とまでに思えてくるのだった。
「来るぞ!」
すぐに回復を終え、俺たちの方に向かってくるモルグラッド。突然、その姿が消えたように俺の目には映った。
「はっ!」
本気を出したモルグラッドのスピード。いつの間にかやつの体は俺たちの真上にまで来ていた。
「まずいっ。散らばれっ!」
バムントさんの声。駆け出す俺たち。だが遅かった。
「キリュア・フ・ロンザ」
魔王の暗黒魔法。地面から生えてきた三本の大きな十字架にとらわれる俺たち。
「ぐわあああああ!」
全身が引きちぎられそうな力ではりつけにされる。
「……死に去れ、勇者どもよ」
モルグラッドの鎌が光る。
やられる!
俺は死を直感した。そのときだった。




